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幻の果てに……
第8章 バッドエンド編

耳元で言われ、当時のことを思い出す。
静香と、初めての4P。
あの頃はまだ恥ずかしさもあって、セックスが始まっても戸惑っていた。
懐かしい記憶。
「そう……。梨央」
「やっぱり。目元とか、変わらないから」
浩太も懐かしそうに言う。
そんなに前なら、同じ相手でもいいかもしれない。
「今日、どう?」
私から訊いた。
「ん……。ごめん。また……」
そう言うと、彼は少し先の若い女性に声をかけている。
静香が子供を産んでから、彼女とは何となく疎遠になった。
あの時貸したお金は、全て返ってきている。
彼女は二人目に女の子を産んだ。この店へ通っていた過去を、封印したいのかもしれない。そう考え、私から連絡はしなかった。
私のスマホの番号は変わっていない。
この店と私。どちらとも縁を切りたいのだろう。
それを責める気もない。
大学時代の親友とはいえ、それぞれの生き方がある。
静香は、私が離婚したことも知らない。
時間だけが流れ、店内の客が減っていく。
「梨央さん。そろそろ終電の時間ですよ」
マスターに声をかけられた。
「はい。じゃあ、また……」
「はい。また、お待ちしています」
マスターに小さな封筒を渡され、頭を下げて店を出る。
今はタクシーを使う余裕はない。相手が見つからなかった時は終電までに帰れるよう、マスターに声掛けを頼んである。
終電間際は駅も込み合う。
そんな中、色々と考える。
誰にも声をかけられなかったのは、私が年を取ったから。
静香の上の子は、そろそろ大学生だろう。
今日浩太と会ったのは、20年振り。よく覚えていたと思う。
私は55歳になった。
あの店へ通う度声をかけられるまでの時間が長くなり、やがてこうして一人で帰るのが殆どになった。
帰り際にマスターに渡された封筒の中身は、一万円札。
相手が見つからない私を不憫に思ったのか、いつからか金額の一部を返してくれるようになった。
若くて可愛いと言われていた時代が懐かしい。
あの店に通わず夫と普通に暮らしていたら、子供もいただろうか。

