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狼に囚われた姫君の閨房録
第23章 山南脱走
数日が過ぎた。
先ほどまで晴れていたのに、いきなりの土砂降りになった。そこへ、利三郎が先駆けで屯所に走り込んできた。
全身、ずぶ濡れだ。玄関に駆け込むや、利三郎は下知した。
「総長のお戻り!」
いの一番に飛び出したのは、父だった。
歳三たちも出てきた。洗濯物を取り込んでいた私も、慌てて駆けつけた。
馬で帰営した総司と山南。山南は馬を降りると、編み笠を外して丁重に一礼した。
「ただ今、立ち戻りました」
父は小走りに山南に近づいたが、うまく声が出ないのか、その肩に両手を置いた。
「よく……戻ってきてくれた」
「死出の旅と考えていましたが、叶いませんでした」
「せっかくの旅路に水をさしちまって、悪かったな」
歳三が皮肉の矢を放つ。山南は平然と会釈をしてみせた。
「なかなか、いい旅でしたよ。板橋にも行って来れましたし」
「板橋だと?」
「考えていた通りでしたよ。おかげで、私の心も決まりました」
板橋に何があったというのか?
父は神妙な面持ちだし、歳三の眉も潜められている。兄たちも、なんとも言いようのない表情をしている。
(これは……一体?)
「腹を括ったってことか。ならは、処断を言い渡す」
歳三は声をさらに低くした。
「山南敬助! 隊規違反により、切腹申しつける!!」
「謹んで……」
「待ちたまえ、土方くん」
門前から鋭く制する者があった。唐傘をさした参謀の伊東甲子太郎であった。
弟の鈴木三樹三郎もいた。見え隠れする敵外心。私は恐怖を感じた。
「切腹するにも、いったん牢人させて従容として死につかせるのが作法。即切腹というのは、士道に反するのではないか?」
「兄者も分かってねえな。こいつら、もとは百姓だぜ。武士道なんて、分かってるわけねえだろ」
三樹三郎の挑発を、歳三は相手にしなかった。
「左之助、新八、山南総長を牢にお連れしろ。誰も近づけるんじゃねえぞ」
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