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狼に囚われた姫君の閨房録
第1章 試衛館
(あったかい……)
文久三年の正月。冬にしては暖かい陽が射す縁側で、私は洗濯物を畳んでいた。
雑草だらけの庭には、夕べのなごり雪がある。枯れた池の底に溶けた氷が溜まっていた。

「今頃、兄上さまたちは、松平さまのお屋敷か」
刺し子の剣道着を畳んで重ねながら、私は同じ敷地にある試衛館を見た。
「ふふふっ」
思わず、笑いがはぜた。なんて、オンボロなんだろう? 
板葺きの屋根は穴が空いてるし、『天然理心流・試衛館』の看板が外れかかっている。床ももろくて、踏み抜きそうだ。
私は両肩を竦めた。
(なんの因果で、大老の姫たる私がこのような道場主の養い子になったのか……)

ことの起こりは、安政七年の三月三日。
明け方から降り始めた雪で、彦根藩邸は白一色だった。築山も一二三石も、雪に埋もれて在り処がわからない。
この日は江戸城で桃の節句がある。
私も招かれて、髪の毛をお垂髪に結い上げたところだった。着物は雅な加賀友禅である。
花簪を直していると、裃に長袴をつけた父の井伊直弼がやってきた。
「おお、美しゅうなったな、すみれ」
恰幅の良い直弼は目を細めた。
安政の大獄や日米修好通商条約、公武合体など、独裁的な大老も、娘の前ではただの父である。
「どの大名の姫にも見劣りはせぬ。これほどの美姫はいまいて」
「お父上さま、そのようなお上手を」
薄化粧した私の頬が染まった。
「なんの、世辞などであるものか。どこへ出しても恥ずかしくない娘になった」
「お父上さまったら」
いつにない饒舌の父に、私は嬉しくなった。およそ、無駄話というものをしたことがない父だったから。
「姫も知ってのように、父には政敵が多い」
直弼は太い眉を引き締めた。
「いつ、命を落とすやもしれぬ。その際の身の処し方、覚えていような?」
「心得ております」
私は裾を捌いて、その場に座った。そして、手をつかえる。
「小石川にある天然理心流の剣術道場・試衛館を訪ねろとの思し召しでございました。そこの道場主・近藤勇なるものを頼れと」
「近藤は予が見込んだ者。必ずや、そちを守ってくれよう」
それが父とこの世で交わした最後の会話となった。
わずか一刻後(二時間後)、父は江戸城に登城するところを襲われて命を落とした。
有名な桜田門外の変である。

そして、私は父の遺命通りに試衛館を訪れ、道場主の近藤勇の養い子になっているのである。
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