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狼に囚われた姫君の閨房録
第1章 試衛館
朽ちかけた築地塀の向こうで、軽やかな駆け足の音がした。
私は洗濯物を畳む手を止めて、顔をあげた。
(この弾むような足取りは……)
建て付けの悪い枝折り戸が、勢いよく開いた。飛び込んできたのは藤堂平助だった。思った通りだ。
「いい子にしてたか? すみれ」
溌剌とし満面の笑顔である。私より年下に思えるけど、三つ上の十八歳だ。
「お帰りあそばしませ」
私は縁側に三つ指をついて出迎えた。
「松平さまのお話はいかがでございました?」
「すっごくいい話だよ。僕たちの剣が役に立つ時が来たんだ」
平助の後ろから顔を出したのは、二十歳の沖田総司だ。容姿端麗にして、長身。口元には、常に笑みを絶やさない。
だが、私は知っている。その目がほとんど笑うことがないのを。目の奥の光が冷たいのを。
「詳しい話は夕餉を食べながらしようよ。用意、できてるよね?」
「お母上さまが祝膳を用意されてました。ご近所の方もお魚や野菜をくださって……」
「酒は?」
目を輝かせる平助に、私はにっこりとした。
「用意してあります。寒いゆえ、御燗にいたしましょう」
「やったあ。左之兄ぃたちが飲みに行っちまったから、つまらなかったんだよな」
小躍りして平助が母屋に向かうと、
「父上は松平どののお屋敷に兄上と残られた。そなたのことで、大事な話があるそうだ」
総司の横で、斎藤一が言った。
総司と同い年で、眉目秀麗。剣の冴えも、総司とほぼ互角である。
「このすみれのことで?」
「君もね、一緒に京に連れていけないかって」
と、総司。琥珀色の瞳が光った。
「浪士組に参加する許しを得てるんだと思うよ」
「浪士組とは?」
「二ヶ月後に、家茂将軍が京に上洛される」
淡々と、一が言う。
「その警護隊を一般公募するのだ。支度金があり、活躍次第では士官も叶う」
「それは素晴らしいことです。いよいよ、お父上さまの夢が叶うのですね!」
思わず、私の声が弾んだ。平助が上機嫌だと思ったら、そういうことだったのか。







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