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狼に囚われた姫君の閨房録
第37章 鶴ヶ城の悲劇(前編)
夫婦連れを装ったので、関所は難なく通れた。
三樹三郎は弁も立つ。疑う役人はいなかった。
明日は会津(今の福島県)入りだ。夏が近いのに、涼しい早朝だった。
宿の布団を畳んで私が朝餉をとろうとした時、三樹三郎は尋ねた。
「やっぱり、行くのか?」
「行きますよ」
私は内心ため息をついた。何度、同じことを尋ねるのだろう?
「死ぬだけだぜ」
三樹三郎はパリパリと沢庵を音を立てて噛んだ。
「新政府は会津を含めた奥羽列藩を根絶やしにするだろう。会津は新政府にさんざん逆らったからな」
「覚悟の上です」
「行くなよ」
「今更、何を……」
「お前に死んでほしくねえんだよ」
「……」
「一月近く、夫婦の真似事をしてたんだ。情もわくだろ?」
言い様、私の手を引く。私は素直に三樹三郎の胸にしなだれかかった。
自然に、唇が重なった。
「愛してる」
「……ありがとう」
「お前を斎藤に渡したくねえ。俺の嫁さんになれよ」
「ごめん……なさい」
私は身を離そうとしたが、三樹三郎はいよいよ抱え込んだ。
「容保様は徹底抗戦のお覚悟でしょう。一兄上様も一歩も引かないはず。ならば、黙って見ていることはできません」
「ともに死ぬことになってもか?」
「はい」
「バカだよ、お前は」
三樹三郎の唇がふたたび私のそれを塞いだ。夫婦のふりをするため、道中何度となく交わされた口付け。
「仕方ねえ。付き合ってやらあ」
三樹三郎の手が私の髪の毛を撫でる。
「お前は俺の妻(仮)だからな。ほっとけねえだろ」
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