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狼に囚われた姫君の閨房録
第38章 鶴ヶ城の悲劇(中)
慶応四年八月二十日。
夜は明けていない。だが、外は仄かに明るかった。
「ご出陣ですか?」
横で一が起き上がる気配に、私は目を開けた。
昨夜の名残りで、力が入らない。私は着崩れた夜着の裾を直した。
一は身繕いをすると、私の肩に手を置いた。軽く、額に口付ける。
「母成峠に行かねばならぬ。国境を突破されたら、ひとたまりもあるまい」
「お供させていただくわけには……」
「だめだ。お前は残れ。銃後の守りは女の務めだ」
そう言うと思った。
「武運長久をお祈りしています。ご存分なお働きを」
「おそらく、生きては戻れまい」
一は私を抱きすくめた。私は一の背中にしがみつく。
「これが名残りになろう。生き延びろよ」
嫌だ。試衛館の家族のほとんどを失ってしまった。この上、一まで失ったら……
「俺が討ち死にしても、後を追おうとするな。自害は許さん。お前は生きろ」
「兄上さまは……残酷なお方です……」
「約束できるな?」
私は頷くしかなかった。
「もし、生きて戻ることがあったら、その時は……」
「その時は?」
「お前に伝えたいことが……いや、何でもない」
私たちは固く抱き合った。お互いの温もりを覚えていようとするかのように。
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