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狼に囚われた姫君の閨房録
第5章 御前試合
会津藩邸のある金戒光明寺。
庭の藤棚が咲き始めていた。麗かな陽気の中を蝶が舞い踊る。陣太鼓が勇ましく響き渡った。
「これより、御前試合を始めます!」
会津藩の人が号令をかける。
「一番手、土方歳三くん! 対手、藤堂平助くん!」
歳三と平助が、一段高いところに設けられた試合場に臨む。鉢巻きに襷掛け。得物は木刀である。
歳三は天然理心流、平助は北辰一刀流。試衛館でも、ほとんど見ることのなかった対決だ。

私は屋敷の中二階から、容保様と観戦をしていた。
着物は容保様から頂いた西陣織り。結った髪の毛に花簪をさしている。
試合に集中したいのに、どうしても侍女たちのささやきが耳に入ってしまう。
「容保様といらっしゃるのは、どちらの大名のお姫さまかしら?」
「井伊家の姫君だったとか……」
「容保様の後添えにおなりになるの?」
「側室ではないかしら? 井伊家は徳川四天王とはいえ、家臣ですもの」
容保様の妻だった敏姫さま。一昨年、お亡くなりになっている。生まれた時からの病弱がたたったらしい。
だからといって、私を後妻というのは、突拍子もなさすぎる。

「一本! 勝者、土方歳三!!」
声に、私は我に返った。
一礼した後、歳三と平助が退場するところだった。慌てて拍手を送る私に、容保様が話しかけた。
「どうした? つまらねえか?」
褐色の肌。彫りの深い顔立ち。跳ね上がった眉は意志の強さを示している。
私は笑顔を向けた。
「そんなことはござりませぬ。楽しんでいます」
「腰元たちがしている噂であろうが」
容保さまは私の肩を抱いた。さすがに、お見通しだ。
「戯言を気にするなど、そちらしくもない」
「気になどしてはおりませぬ。私が容保様のご後室になど……」
「娶るつもりはないが、側女にするつもりならあるぞ」
容保様の言葉に、私は身を固くした。
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