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狼に囚われた姫君の閨房録
第1章 試衛館
話は父の直弼が彦根藩邸を出て、江戸城に向かった直後に遡る。
「……っ!」
駕籠に乗ろうとした私は、物音と叫び声に動きを止めた。
なに? 何を騒いでいるの?
私は視線を四方八方に巡らせた。
白一色の大通り。大名屋敷が軒を並べ、降りしきる雪の向こうに江戸城が見えた。
行列の先頭で、剣戟の音と怒鳴り声がした。風に乗って漂うのは、血の匂いか?
「あそこか!」
私は胸元の懐剣に手を伸ばした。
先頭は父の乗る大名駕籠。大老の命を狙う不届き者が現れたのか?
政敵の水戸藩か?それとも……!
駆け出そうとした時、私の前を遮る者があった。
「行かせるわけにはいかないよ」
背が高くて、細身の男の人だった。
「何者じゃっ?」
「僕は試衛館の沖田総司。こっちの無愛想なのは斎藤一」
総司の横にいた斎藤一は妖艶ともいえる美しさだった。紫色の瞳。唇は鮮やかな真紅であった。
「大老の命だ。このまま、我が道場にお連れする」
(試衛館……お父上様がおっしゃっていた……)
「その前に、お父上様を……!」
「これより先は危険だ!」
尚も行こうとする私を、斎藤一が引き留めた。
「聞き分けろ!もはや、行ったところで…」
手遅れだと言おうとしたのか? 一は次の言葉を飲み込んだ。
そこで、一発の銃声が轟いた!
「お父上様‼︎」
私の全身から力が抜けた。終わったのだ、全て…
膝から崩れ落ちる私を、一が抱きとめた。しっかりと私を抱きしめて、耳打ちする。
「そなたも狙われている。急ぐぞ」

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