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狼に囚われた姫君の閨房録
第1章 試衛館
星空は冷たく澄み切っていた。消えそうな弓張月が細くかかっている。
私は一人、囲炉裏にあたっていた。パチパチと音をたてて薪の火が燃える。鉄瓶から白い湯気が昇った。
「どうした、こんなところで。寒くないのか?」
そこへ、斎藤一がやってきた。 
「囲炉裏がありますゆえ。兄上様たちこそ、ご酒宴では?」
私の肩に、沖田総司が半纏をかけた。そして、背後から私を抱き抱えるようにする。
「騒がしくなったから、抜けてきたんた。君もいつのまにか、いなくなってたしね」
「一人で考えたいことがあって……」

「浪士組の徴募のことは聞いたな、すみれ」
盃を片手に、二十九歳の歳三が尋ねた。鼻筋は通り、眉は跳ね上がっている。目も鋭く、険しい。
「お前も浪士組に連れて行く。異存はねえな?」
私が黙っていると、歳三は言葉を継いだ。
「安心しろ、危険なことはさせねえ。連れて行くのは、お前を一人にしとけないからだ」
「なにゆえですか?」
「お前を亡き大老から託された。お前を守らなきゃならねえ」
私はすぐに行くとは言えなかった。
「少し、考えさせてくださいませ」

私は大きめの半纏に首を埋めた。
「守ってくださるのは嬉しいんです。でも、兄上様たちは武士となりたいのでしょう?」
「そうだね。世に出て、名をはせたいかな?」
総司の手が私を暖めるように上下した。
「私、足手まといになりませんか?」
「そなたの薙刀の腕はなかなかのものだ」
一が私のかじかむ手に息を吐きかける。
「さすがは、鬼大老の自慢の姫だ。あれなら、己が身くらいは守れよう」
「ありがとうございます」
私の頬がほんのりと染まった。評価されたことではなく、一に手をとられているのが恥ずかしい。
「冷たい手だな。あの日も、そなたの手は冷え切っていた」
あの日?
そうだ、桜田門外の変のことだ。
安政七年三月三日の辰の刻(朝八時)。
私は初めて、総司と一に会ったのである。




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