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スカーレット オーク
第50章 50 窯焚きハイ
 直樹は鈴木の言っていた『窯焚きハイ』を思い出した。
何日も火を焚き続けるとランナーズハイのような現象が起きるらしい。
もっともっと古い時代。
今よりも窯が何倍も大きく共同窯であった時は体力消耗を防ぐため男たちは風呂に入らず、一か月近くも火を焚き続けることがあり、常に躁状態だったとか。

「窯焚きってほんとに興奮するみたいだね」

 直樹はたしなめるように言った。

「そうですよ。男の人は勃起しながら焚くこともあるそうですよ」
さらっと言ってのける緋紗に直樹は少し困った。――うーん。

 返答に詰まっていると、緋紗のアパートの目の前に立っていた。――ああ。よかった。着いたか。
 緋紗は鍵をガチャガチャ開けて直樹の手を引っ張り、狭い玄関に引き入れる。

「直樹さんは勃起しなかったですか?」

 暗がりでレンズの奥の丸い目が光った気がした。

「窯焚きのせいで有名な作家とその息子の嫁が間違いを犯す文芸作品があるそうです。絶版みたいで読んだことないんですけど」
「そうか。じゃここで」

 直樹が帰ろうとすると、「何もしないんですか?」 と緋紗が鋭い目つきで聞いてくる。――参ったな。

 さっきから緋紗の好戦的な態度と身体の汗と松脂や土埃やらの匂いが直樹を刺激している。

「ごめんね。なにも用意がないしね」

 努めて冷静に言う。
そんな直樹の強固な態度は緋紗を諦めさせた。――そんな顔をして……。
 緋紗は下を向いてお預けを食らった猫のような顔をしている。
直樹は緋紗を抱きたい欲求はあったが、欲望の対象にはしないつもりで備前に来た。
最初のころのように何も考えないで、その場の快楽を追及できれば良かったが今は難しい。
これからのことを考えると、快楽をむさぼるだけの関係では緋紗にとって不幸な結果になりそうな気がしていたからだ。

このまま抱いてしまえばまた最初からの繰り返しだろう。
緋紗となら何度でも繰り返してもいいと思うが年数は悪戯に過ぎ去っていく。
直樹にとっては美味しい関係でも緋紗にとってはマイナスなだけだろうと考えていた。
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