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嘘の数だけ素顔のままで
第1章 序章
 別室では適性検査とやらを受けた。簡単な質問ですからパソコンの画面に沿って答えていってください、職員の女はそれだけをコトブキに言って、書きかけの書類にまたペンを走らせた。

 爪の先から髪の毛の一本一本に至るまで公務員然としているような初老の女で、顔に刻まれた皺のひとつひとつがどこか不調和で、所々剥げた赤い口紅が厭らしくてコトブキは好きになれそうになかった。

 こういう人間が今の日本を支えていて、政府やマスコミが与える偽の社会的希望を疑いもせずに生きている。

 なぜ今の若者が平気で顔にまでタトゥーを入れたがるのか。資本主義というやつが脳や臓器を繰り返し移植したばかりでなく時には頭ごとすげ替えた人造人間の化物になっていて既に限界がきているということだ。この女は体よく腹が満たされているから顔を汚さずに済んでいる。


 どうかしましたか、と声を掛けられるまで三分はかかった。コトブキはマウスに手を置いたまま動かすことさえできずにいた。女は、意識だけはコトブキに向いたまま再び書類に目を落とした。

 コトブキはそのとき、女の口許に何か侮蔑のような笑みがあったのを見逃さなかった。


 やり方がわかりませんかー? 女は書類から目を離さずにそう言った。わからないから職業訓練でパソコンを習いたいんだよ、とコトブキは言いたかった。しかし、同時に、そう言えない弱みがコトブキにはあった。

 そうした弱みを見透かしているからこそ、この女は、やり方がわかりませんかー? などと語尾を不自然に伸ばしたのだとコトブキは感じた。

 喉奥で絡まった反論の為の言葉が悪戯に血圧を上昇させ、コトブキの顔をみるみる赤くさせていった。――恥を掻かされた、とコトブキは思った。


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