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マスタード
第4章 運命の出会い
「あんまり羨ましいからリサがお客さんと個人的にデキてることをママに言いつけようかと思ったよ」と女の人はケラケラと笑った。

それは困る。まさか本当に言いつけたんじゃないだろうなと10年も昔のことなのな奏は真剣に困った顔をした。それが面白くて女の人はまた笑った。

「もう、奏ちゃんは真面目なんだから。そんなことするワケないでしょ、リサは親友なんだから。いい娘だったでしょ?」

ホッとしたような照れたような顔で頷く奏を見て女の人はきゃははと笑った。

「リサのことは?」

「この前店に行ったからママから聞いたよ」

「そっか。せっかくまたこっちに来れたのに残念だったわね」と女の人は同情的に言った。

「でも、大丈夫。あたしがいるよ」と言った女の人の姿が、いきなり街中でご飯おごってよと声をかけてデートに誘ってくれたリサの姿に重なって奏はドキドキする。

と同時にヤバいことを忘れていたことに気付く。目の前にはカノジョの旦那さんがいるのに、好きだったとか、あたしがいるよとか言っちゃってかなり気分を害しているんじゃないかと心配になって上目づかいにチラっと大将を見る。

「いいね~、若いね~。青春まっただ中ってカンジだね~。オレももうひと華咲かせたいところだけど、こんな歳じゃあもう無理だな~」

と大将は豪快に笑った。大将の言葉を聞いて「まだまだイケるよ」とか「頑張ろうぜ」とか言って常連客たちも笑った。

なんなんだ、この夫婦は。奥さんは平気で他の男のことで盛り上がれば旦那は、もうひと華咲かせたいとか言っちゃってと奏は目をパチパチさせる。

そんな奏の様子を見て思っていることを悟って、「言っとくけどあたしたちは夫婦でも何でもないよ」と言って女の人はきゃははと笑った。

奏があんまり驚いた顔をするものだから店内は大爆笑になった。

女の人はこの店『囲炉裏』の女将の愛野愛美(あいのめぐみ)。先程からの会話のとおり10年前は『愛』で働いていたこともあるが、独立して小料理屋の女将をやっている。独立してと言っても『囲炉裏』にはオーナーがいるらしい。

奏が大将だと思っていた男の人はオーナーの知り合いだった縁で『囲炉裏』の従業員として働いているが、もう還暦を迎えたので今月いっぱいで店を辞めるとのことだ。

「本当にあたしがこんな爺ちゃんと夫婦だと思ったワケ?」と愛美は少し膨れ顔をした。
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