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マスタード
第7章 奏ちゃんパパは単身赴任
「残念だったわね。結局リサが来るとかの連絡はなかったんでしょ」

と言って愛美はちょっと悪戯っぽい顔をした。
ちょうどリサのことを思い浮かべたタイミングでそんなことを言われたものだから奏はビールが変な所に入ってゲホゲホとむせた。

「リサのことはいい思い出ではあるけど、もう何でもないよ。愛してるのは愛美だけだよ」

「本当かなぁ。もし連絡があったら会いに行ったでしょ」と愛美は悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

もし連絡があったら行かなかった自信はない。でも間違いがあって愛美を悲しませるようなことは絶対にしなかったことは自信を持って言える。

「こら、そうちゃんパパ。ウワキはダメだよ」

と陽葵が勝ち気に笑いながら言うものだから奏も愛美も貴美も顔を見合せて大笑いをした。

「そういえば、『愛』って名前は愛美から取ったの?」

奏はずっと気になっていたことを思わず訊いてみた。愛野愛美という名前は実に『愛』に相応しい名前だと思っていた。

「ううん、違うよ。あたしが入った時にはもう『愛』って名前だった。よく分かんないけどママは愛を求めてたんじゃないのかな」

そういえばママも何かから逃げて都会からこの街にやってきたと言っていたなと奏は思った。

「でもね、リサが来るまで一番人気だったんだからね」と愛美は嬉しそうに言った。

「一番人気・・モテたんだね」

「あっ、妬いてるんだ。自分だってリサと浮気してこんな美人に気がつかなかったくせに~」
そう言って愛美はきゃははと笑った。

好きな人と笑い合える。こんな時間は本当に幸せでこの街に帰ってきて本当によかったと思う。

陽葵が小学生に入学した年も夏のお祭りにはオヤジバンドに招かれる形でこの街にやってきた。
例によって旅館の社長に招待してもらったので、旅館に手続きをしに行くと肝心の社長が出て来なかった。

応対してくれたのは社長の奥さんで、社長は先月亡くなったのだと告げられた。末期の癌だったらしい。電話で話した時は元気そうだったのに、癌を隠して気丈にしていたのかと 胸が締めつけられる思いだった。

思えばこの街に住む最後のお祭りでオヤジバンドとしてステージに立ったのもギター担当の社長が急な体調不良になったから代役を引き受けたのだった。
あの頃からどこかを患っていたのかとも思った。
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