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マスタード
第7章 奏ちゃんパパは単身赴任
奏が冗談っぽく言うと男は出鼻をくじかれたようにズッコケた。

「そうじゃないだろっ。全くフザケたヤツだ。ちょっと話があるんだ」

と男は気を取り直していきつけの店に奏を誘った。

男は愛美の同級生の秀一だと名乗った。そういえば愛美が『しゅう』と呼んでいたことがあったと思い出した。

「思い切って愛美にプロポーズをしたが、好きな人がいると断られた。あんたのことだろ」

と秀一は唐突に切り出した。
奏はやっぱりと思った。なんだか面倒な話になりそうな予感がしたのでさっきはギャグを一発かましてみせたのだ。さっきのギャグで出鼻をくじかれたのに唐突にこんな話を切り出すとは気持ちの切り替えが早いというかタフなヤツだと思った。

昔から愛美が好きで、何回かプロポーズしたが、その度にフラれて、違う相手と結婚して二度も離婚をしたと嘆いていた。自分なら絶対にそんな不幸にするようなことはなかったと言って秀一は酒をあおる。

「愛美のヤツは男を見る目がなさ過ぎる。今度はあんたみたいなどっかの街からフラりとやってきたヤツなんかに・・遊びで愛美に言い寄られたりしたら迷惑なんだよ」と秀一は本題に入った。

こういう直球勝負の人間は嫌いではない。今までもこういうふうに直球勝負で生きてきたのだろう。
しかし、遊びでというのは心外だ。本気で愛美の夫に、陽葵の父親になりたいと思っている。家族になりたいと思っている。愛美も陽葵も心から愛している。

「あんた、愛美や陽葵の人生に責任が持てるのか?故郷(くに)に家族がいて結婚なんてできないんじゃないのか?そういうのを遊びと言うんだ」

遊びと言われたことに奏が反論をすると、秀一はいきなり切り札の直球を投げてきた。その直球は奏の心の深いところに刺さり、とても痛い。
どんなに愛美や陽葵を愛していようと、悪妻と離婚もできない限りは結婚なんてできない。離婚したとしても悪妻は多額の慰謝料を要求してくるだろうから、愛美や陽葵の生活を支えることはできない。

ふと不倫とか大丈夫ですかと言った同じ歳の女性教師の言葉が響いてきた。どんなに真剣に愛していてもこの恋は不倫。遊びと言われても仕方ない。どこかで忘れたことにして誤魔化していた十字架が奏に重くのしかかってきた。

愛美は秀一に奏のことを結婚はできないけど、それでいい、愛しているし愛されているから離れられないと言ったらしい。
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