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蜜と獄 〜甘く壊して〜
第3章 【秘密裏な罠と罰】
神楽坂という名前に誇りを持てなかった。
父について回る金魚のフン、もしくは親の七光りなどと陰で言われているのも知っていたし私の存在を抹消しようとする者ばかりだった。
なんせ私は愛人の娘…だからね。
どの面下げて此処に居るんだってそんな視線ばかり浴びていた。
「似てきたな……母親に」
病室でそう父に言われた時もピンとこなかった。
初めて父から母の事を教えてもらった。
私を隠れて産んだこと、大病を患い数ヶ月しか私を育てられなかったこと、母が父に内緒で宛てた手紙の内容、施設へ行くはずだった私を引き取り育てたこと。
2人きりの病室で初めてこんなに長く会話したんだと思う。
そして最後に皺くちゃの手で私の手を握りこう言った。
「上手く愛してやれなくてすまなかった……辛い思いばかりさせたな、私はもう長くはない、だからお前がこれから生きていくのに困らない程度にはレールを敷いておく、どう歩いていくかはお前次第だ……神楽坂紗衣として生きていけ、充分お前には才能があるよ」
厳格だった父が初めて私に書道家として認めてくれた瞬間だった。
俺の血を分けたんだからな…と笑った。
恨んでいた時期も確かにあったけど何もかもが腑に落ちた。
だから私は今日も筆を握る。
朝日の立ち込める明るい部屋で静かな空間。
筆の進む音だけがしていた。
集中して、心を無にして。
大きく“魂”と筆を進める。
空いたスペースに筆を代えて小さく依頼された企業理念を書いた。
最後の一文字まで書の通り魂を込めて。
出来上がれば少し離れて正座。
自分の出来を最終評価する。
人様に出せる出来栄えならそのまま梱包して渡せるが、何度もやり直した事もある。
期限ギリギリまでかかった作品も。
父もそうだった。
妥協を許さない人。
きっと私もその血を引いている。
突然拍手の音が聞こえて振り返った。
「凄いな……有名だとは聞いてたけどここまでの腕とは大したもんだ、凄まじい集中力だった」
「お、おはようございます……いつから見てたんですか?」
扉付近に寄りかかって立つ姿も素敵な堤さん。
寝起きもそんな色気立っていたら朝から心臓保ちません。