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揺れる心
第8章 突然のさよなら
そんなある日の午後、
インターホンが鳴った。


私はゆっくりソファから立ち上がって、
モニターを見ると、
海斗さんが写っているように思えてしまって、
息が止まりそうになった。


私は泣きながらエントランスを開けて、
部屋のドアの前に行って鍵を開けて待った。

そして、待ちながらも、
(そんな筈はない)ということも理解していた。


ドアのチャイムが鳴る。

私はスコープで確かめることなくドアを開ける。




そこには、
海斗さんではなくて、
陸也さんが立っていた。


日焼けして、
Tシャツとジーンズ姿の陸也さんを改めて見ると、
確かに2人は兄弟だということが判るほど、
似た処があった。


私はフラフラとして崩れ落ちそうになってしまうと、
陸也さんは荷物を置いて慌てて私を支えてくれる。


「真理子さん…痩せちゃって…」と言葉を詰まらせながら、
私をそっと抱き締めてくれる。


フワリと、ターメリックやクミンの香りがするような気がして、
不思議な気持ちになる。


陸也さんはそのまま私を抱き上げて部屋に入ると、
リビングのソファにそっと私を降ろしてくれた。



「全然知らなかったから…。
たまたま、医薬品のピックアップにニューデリーに行った時に電話を掛けて聞いて、
一番早い飛行機で戻ってきたんだ」と言った。


「ご飯も食べれてなくて…
夜も眠れてないんじゃないのかな。
何か出来ること…。
いや、何も出来ないな。
でも…真理子さんの力になりたい」

そう言って、そっと手を握ってくれる。


「あのね。
私、何も出来なかったの。
海斗さんが…
私を突き飛ばして庇ってくれて、
車が…。
目の前にいる海斗さんのこと、
救えなかったの。
ろくに止血も出来なくて、
処置も出来なくて、
気を失ってしまって…。
赤ちゃんもダメだったの。
何も…残ってないの。
もう、空っぽで…」

これまで、言葉にしてなかったことを口にしてみると、
言葉以上に涙が出てしまって、
それ以上、何も言えなくなってしまう。

陸也さんは静かに私を抱き締めて、
背中と髪をゆっくり撫でてくれる。

日が暮れて、窓の外が暗くなるまで、
陸也さんは静かに抱き締めていてくれた。

私は初めて、
海斗さんのことを口にして、
誰かに縋りついて思いきり泣いた。

ずっと耐えていた分、
いつまでも泣けた。
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