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私じゃなくても
第1章 隣の部屋
俺がここに引っ越してきたのには
訳がある。

寮が雨漏りしたからや。
それで風呂も入れへんなって
その修理をしてる間の二ヶ月
この社宅に住むことになったとうわけや。

あ、赤ちゃん泣き止んだみたいやな。
ほな、今の隙に挨拶行っとこか。

俺は腰を上げて
準備していた洗剤が入った袋を手に取り玄関へと向かった。
奥村さん、おるかな…
奥さんだけやったら
ちょっと緊張するなぁ。
とは言え
俺は現場で製造を担当してる部署で
奥村さんは営業。
ほとんど接点がないから
あんまり話したことは無いんやけど。

俺は奥村さんの玄関の前に立ち
一度耳を澄ませて
赤ちゃんが泣いてないことを確認。
えーっと…
ピンポンしてええんかなぁ。
確か姉貴は
赤ちゃんが驚いて泣くから
ピンポンするな言うてたような。
とりあえず……ノックしてみるか。

「コンコン……コンコン」

「はーい」

あ、よかった。気付いてくれた。

「隣に越してきた早瀬です」

「あ、は、はい。ちょっと、待ってください」

「はーい」

そしてしばらくすると
ゆっくりと玄関のドアが開き
眠った赤ちゃんを抱いた
奥村さんの奥さんが姿を現した。

う、うわ…
こんなに近くで
赤ちゃん見たん久しぶりや

「ごめんなさい。
主人は出張でいなくて」

「あ、そうなんですね」

「それにこの子
今寝たばかりで私こんな格好で…」

こんな格好
というのは
マジ、リアル普段着ということやろう。
赤ちゃんを抱いた奥さんは
少しクタッとしたTシャツを着ていた。

せやな
抱えてる赤ちゃんを離して着替えたら
また起きるかもしれへんもんな。

「あ、いえ、僕もタイミング悪くて
すみません」

「そんな、全然。あ、さっき泣き声うるさかったでしょ?ごめんなさい」

奥さんは、申し訳無さそうな顔で、俺にちょこんと頭を下げた。
奥さんが悪いわけやないのに。
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