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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第4章 Valet & Earl 〜従者と伯爵〜
「…皇帝円舞曲だわ…」
老貴婦人が舞踏室を振り返り、細い眉を上げた。

…同じくヨハン・シュトラウスのワルツ曲だ。
壮大で華やかで巧緻的な曲調は、まさにワルツの花形のような曲だ。

「…わたくしの大好きな曲…」
…昔々の、想い出の曲なのよ…。
そう呟く貌は、どこか切なげだ。

「踊られないのですか?マダム」
舞踏室を視線で差し、尋ねる。
老貴婦人は肩を竦めた。
「…わたくしと踊ると、皆、カチカチに緊張してしまって、つまらないのよ。
だからもうずっと踊ってはいないの」

へえ…。
このマダム、かなり大貴族の出身なのかな。
確かに辺りを払うような品格があるけれど。

…でも…踊りたそうだな。
そう思った瞬間、狭霧は彼女の前に手を差し伸べていた。

「…じゃあ、マダム。
よろしければ私と踊っていただけませんか?
…ただ、私は従者なのであの舞踏室では踊れません。
だから、バルコニーで申し訳ないけれど…」

老貴婦人はヘーゼルグリーンの瞳を驚いたように見張り、やがて本当に嬉しげに微笑んだ。
「…光栄だわ。
こんな月の精のような美青年と…。
バルコニーでワルツ…。
素敵だわ。
ぜひ、踊りましょう」

彼女はしなやかに膝を折り、そうして優雅に狭霧の手を取ったのだ。

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