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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第4章 Valet & Earl 〜従者と伯爵〜
ワルツのステップの脚が、ふと止まる。
老貴婦人の凛とした声が、続く。
「…わたくしは、自分の人生を後悔したことはありません。
親が決めた縁談でしたが、夫は穏やかで優しいひとでした。
わたくしをとても深く愛してくれました。
…五年前に神の御許に旅立ちましたけれども…。
わたくしは子どもにも孫にも恵まれ…すべてに満たされた幸せな人生だったと思います」

…けれど…。
と、言葉を切り、微かに哀愁の匂いのする表情を彼女はした。
「…最近、ふと思うのですよ。
…あのまま、彼についてアメリカに渡っていたら、わたくしはどんな人生を歩んでいたのだろうと…。
…もちろん最初は慣れぬ生活で苦労したことでしょう。
けれど、誰よりも愛していたあのひととともに、愛し合い、人生を歩めたら…そんなこと、きっとすぐに喜びに変わっていたはずです」
「…マダム…」
何と答えよう…と言葉を探す狭霧に、老貴婦人はにっこりと優しい笑みを送った。
…そうして、まるで実の祖母のように慈み深くこう告げたのだ。

「…時はひとを待ってはくれません。
ひとは想い出だけでは生きてはいけないのです。
…哀しみに暮れているあいだに、貴方の運命のひとの姿を見失わないようにね…」


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