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海に映る月の道 〜last tango in Paris〜
第4章 Valet & Earl 〜従者と伯爵〜
「…旦那様…」
「いきなりいなくならないでくれ。
甲板は暗いし、滑りやすい。
急に揺れることもある。
不意に海に落ちる事故がないわけじゃない。
航海中の夜に一人で外に出るのはやめなさい」

…まるで小さな子どもに対するような親身な小言を聞きながら、狭霧は思わず小さく笑った。
「…子どもじゃないんですよ」
「君は子どもみたいなものだ。
何をしでかすか、皆目分からない」
端正な眉を寄せ、狭霧を見下ろす北白川伯爵を見上げ、はたと気づく。

「…もしかして…旦那様。
私が自殺しようとしていた…と思われていますか…?」

伯爵の切れ長の澄んだ瞳が見開かれ、やや険しくなる。
「…違うね…?」

狭霧は思わず小さく笑みを漏らした。
「…違いますよ。
私はもう、死のうなんて考えてやしません。
…貴方の車に轢き損なってもらってから、死ぬ気は失せました」

伯爵が安堵のため息を漏らす。
「…そう…」
…良かった…。

…それは、初めて狭霧が聞いた伯爵の偽りのない真の声だった。

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