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第1章 プロローグ
プロローグ


 母の葬儀を済ませて二日目の午後、府営団地の我が家で何もせずにぼおっとしていると、久しぶりにチャイムが鳴った。それで私は痛む膝を押さえながら立ち上がり、役所の人だろうかと思いつつ玄関を開けた。
 普段はナース服なのにスーツを着ているものだから一瞬誰だっけ?なんて思ったけれど、
「ああ森川さん、お葬式に参列できなくて本当にごめんなさい。別のかたの入院にどうしても同行しなくちやいけなくて」
 なんて言うハスキーな声で、週に二日、母のケアに来てくれていた訪問看護師の藤沢洋子さんだと気がついた。

「とんでもないです。長いことお世話になって、私のほうが事務所にご挨拶にお伺いしなくちゃいけないのに」

「いえいえ!どうかお仏壇に手を合わさせてください」

 洋子さんを部屋に案内しながら、我が家に出入りしていたのはケアマネさん、何人かのヘルパーさん、そしてナースの洋子さんなど、母の介護の関係者だけだったことを思い出した。
 ケアマネさんは半年にニ、三回しか顔を出さなかったし、ヘルパーさんはほとんど毎回別のスタッフが来ていて、定期的に来てくれたのは洋子さんだけだ。

 勤めを辞めて母の介護を始めたのが十一年前、三十九歳の時だった。洋子さんはその時にはすでにうちに出入りしていたから、私との付き合いも十一年に渡ることになる。私より三つ歳上で、介護者としての私をずいぶん気遣ってくれたものだ。

 うやうやしく仏壇に手を合わせてから深々と頭を下げると、洋子さんはずずずと後ろに座っている私に身体を向けた。それから母との楽しい思い出話なんかをしばらく話したあと、ところで、と口調を変えた。

「森川さん。こんなこと言うのは失礼なんですけどね、この家のことをよく知ってるから気になって仕方ないの」

「え、何のこと?」

「お母さんのことじゃないの。森川さん、これからどうするつもり?会社辞めたの十年前ですよね。すぐに仕事見つかるといいけど、コロナのせいで世の中、大変なことになってるのよ」

 そんなこと考えたこともなかった。それで私は黙ったまま洋子さんの話の続きを待つことにした。


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