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濡花 ~義理の父親に堕とされていく若妻~
第8章 温泉旅館~本章~
花怜はそれから口を開かなかった。
手荷物から小さな鏡を取り出し、乱れた髪を手櫛で整える。
程なくして温泉街の入り口とのゲートを潜った。
目的の旅館は建ち並ぶ旅館の更に奥らしく、更に走ると大きな門構えを抜けて車は停車した。

「さぁ、着いたよ…降りようか…」

花怜は頷くだけでやはり無言だった。

卓司はそんな花怜にかまわず車を降りると、慌てる様子もなく後部座席に置いたコートを着てボタンを留めた。

「これで汚しているのもわからないだろ…」

嬉しげに言う義父を花怜は相手にしない。

【完全にへそを曲げてしまったか…】

車の到着に気づいた中居が玄関から出てきた。

「いらっしゃいませ…ようこそお越しくださいました。さぁ、どうぞ中にお入りください…」

「世話になりますよ…」

卓司は中居に声をかけ中へと入っていく。
花怜も会釈をして義父に続いた。

中居が二人の手荷物を預かり、広いエントランスを抜けて長い廊下を歩いていく。
廊下伝いに見渡せる庭園は背後の雪山をバックに絵画のように美しかった。

花怜は、綺麗…と思いながらも違うことを考えていた。

前を歩く二人が足を止める。
部屋の前に着くと中居に続いて中へと入っていった。
部屋は新しいこともあるのだろうが、純和風の部屋で縁側の窓越しにやはり絶景の庭園が見渡せた。

「すごく素敵…」

花怜はようやく呟くように口を開いた。

中居は花怜にお礼を言うと

「記帳はこちらでお願いいたします…」

卓司はそれに応え、背凭れ付きの座椅子に腰を下ろしてペンを走らせていく。

部屋の説明を義父が聞いている間も花怜は縁側に立ち、窓からの景色を眺めていた。
視界の隅に湯煙が立ち昇っていることにぼんやりと思う…

【お庭に露天風呂があるのかしら…】

「では、お食事は18時にこちらのお部屋にご準備させていただきますので…」

中居の言葉に花怜が振り向くと…中居は襖の前で改めて膝をついて一礼して出ていった。

「お義父さん…私の部屋は?…」

「部屋はひとつだよ…明日まで花怜さんと二人きりで過ごしたくてね…」

「そんな…二部屋だって…」

【そうか…義父は最初から義母が来れないとわかっていたんだ…】

花怜は車から思っていた怒りの感情の中に燻る別の感情が大きくなっていくのを感じていた。
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