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第8章 温泉旅館～本章～

花怜は義父の視線から逃れるように窓の景色へと顔を逸らせた。
徐々に日は落ち、庭園がライトアップされていく様子を眺めていると…

「それで？…花怜さんは…」

卓司が言いかけると、扉をノックする音がした。

「失礼いたします…お食事の用意をさせていただきますね…」

よく通る声で中居がお伺いを立ててきた。

花怜が下着を着けているのかどうか確かめようとしたが…

「あぁ…頼みますよ…」

【まぁ、いい…直にわかるか…】

少し不満げに声をかけた。

中居は…失礼します…と襖を開けてお盆に乗った料理をテーブルに配置していく。
ライトアップされた庭園を眺めながらの食事という演出なのだろう。
二人分の料理は横並びに置かれていった。

卓司は縁側に座りながらテーブルを覗き込むように、

「ほぅ…どれも美味しそうだね…」

花怜は並んで食べることに嫌な予感しかしなかった。
それでも義母が言っていた通り、綺麗に盛りつけられたお皿の数々は本当にどれも美味しそうだった。

「えぇ…ほんとに…」

卓司は料理の並べられたテーブルへと移動し席につく。
花怜も隣の座椅子に腰を下ろしていく。

中居が料理の説明をしてくれる。
二人とも中居の話に耳を傾けた。

「温かい料理は追い追いお持ちさせていただきます…手前の小さなグラスは乾杯酒の柚子酒でございますのでお楽しみください…」

「柚子酒か、いいね…。あぁ…あとビールを２本と何かお薦めの冷酒も頼むよ…」

義父の言葉に中居は笑顔を向けて頭を下げ部屋を出ていった。

「じゃあ、早速いただこうか…乾杯…」

二人は小さなグラスを掲げて再び乾杯をした。

目の前には豪華で華やかな料理とライトアップされた見事な庭園が拡がっている。
これが義父と二人きりじゃなかったら…いや、せめて以前の義父とだったら、どんなに楽しめたのだろうと花怜は思った。

「おぉ、この造りも新鮮で美味しいね…」

「ほんと、すごく美味しいです…」

どんなに複雑な心境でも、美味しいものは素直に美味しかった。
小さな器に盛りつけられた郷土料理の品々も本当に美味しく感じられる。

「こりゃ、母さんに言ったら悔しがるかもしれないね…」

「お義母さんの言う通りですね…料理も評判だって…」

昨日からの事が嘘のように以前の優しい義父で、花怜は戸惑いながらも箸を進めていった。