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鬼の哭く沼
第7章 花は綻ぶ
「二人とも本当に可愛いよね。私一人っ子だから、妹が出来たみたいで嬉しくて。あ、姉妹で言うなら夕鶴さん達はお姉さんかな」
はは、と笑う声が空回る。話をしようと勇んでここへ来たのに、中々本題に入れない。自分の不器用さに呆れてしまう。
夕鶴さんから貰ったお菓子の話。双子と遊んだ内容。九繰の失礼発言。美味しかったお昼の魚の事。唇から漏れるのはいずれも他愛無い内容ばかり。
ああ、言いたい事はこんな事じゃ無くて。でもどこからどう口にすれば良いのか分からず、そのまま独り言のような言葉は小さく続いていく。
「それで、九繰は……九繰は何考えてるのかわかんないし、構ってくれる理由も面白半分だろうけど。ちょっとは感謝してる。さっきも助けてくれたしね。……本当に、怖かったから」
香夜は目を瞑った。今もはっきりと身体が憶えている。舌を噛み切ってしまいたいとさえ思った、あの瞬間の絶望を。
「だからその…まずは助けてくれてありがとう、かな。貴方にもお礼を言わなきゃ。危ない所だったから、助かった、です。本当にありがとう」
とっても、とっても嬉しかった。
遠回りをして、やっと伝えられたお礼の言葉。吐息混じりの声を吐き出して、顔を上げると襖の向こうをひたと見つめた。
――………。
「……え?何?」
ふいに中からぼそぼそと声がして、聞き取れずに耳を傾ける。
――……俺ハ、知ラン
俺は知らん。
何とか聞き取れた言葉に、驚いて…そして笑ってしまった。
ようやく聞けたと思った第一声がそれか。ばれていないとでも思っているのか。この期に及んでまだしらを切る須王の態度が、何だかおかしかった。
「一番最初に飛び込んで来てくれたでしょう?九繰よりも先に」
他の誰でも無い須王が最初に助けに来てくれた。それが一番価値のある事だと思うのに。少し笑って、何だか肩の力が抜けた香夜は一番伝えたかった事を口にした。ねえ、と襖の向こうで一人蹲っているであろう大蛇(すおう)へ。
「私は須王が鬼でも蛇でも、構わないよ。須王は須王だから」