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茅子(かやこ)の恋
第1章 プロローグ
学校が臨時休校した朝、航(こう)は母の茅子(かやこ)が働く介護施設にやってきた。母を驚かそうと通用口から少し離れた駐車場の入口で待っていた。一週間ほど前に些細なことで親子喧嘩して、以来まともに顔を合わせていない。それも謝るつもりでラインもしないまま、夜勤明けの母を迎えに来ていた。

少し降り出した雨に傘を差し、もう片手に母の傘を持ち通用口を見つめていた。10時を過ぎ何人かの職員が出入りしていた。

雨が酷くなり足元を濡らしながら、航は母を待っていた。10分ほど待つと扉が開き、ようやく母が現れた。通用口の庇の下で空を見上げ、強くなった雨に戸惑っているように見えた。そして航が駆け出した瞬間、通用口の扉がまた開いた。

若い男が傘を持って現れると母に声をかけた。その姿に航は足を止め、反射的に停まっていた車の影に隠れた。母が笑顔で男の傘に入り、ふたりは航と反対方向に歩き始めた。黒いミニバンの助手席に母を乗せると、男は傘をたたみ運転席に座った。車はふたりを乗せ雨の中、駐車場を出て行った。

航は呆然としながら来た道を戻っていた。いつの間にか雨は止み晴れ間が覗いていたが、航は何故か涙が出ていた。傘を二本持ったまま航は電車に乗ると家に戻った。母はまだ帰っていなかった。

15時を過ぎた頃、玄関の鍵が開く音がした。少しすると母の足音が航の部屋に聞こえて来た。小さなノックのあとドアが開き、少し慌てた母の顔が覗いていた。

「あれ、今日…航休みだった?」
「うん、お母さんに言うの忘れてた」
「そうなんだ…ちゃんと教えといてね!」 
ベッドに寝そべったまま航が応えると、口では文句を言いながら母は上機嫌だった。

「ケーキあるよ、食べる?」
航は返事の代わりに起き上がった。母は笑顔で航を見ていた。

「お母さんシャワーするから」
「今日は遅かったね」
「…うん、特変した人がいてね」
母は嘘を吐いた。しかし航は知らないふりをして母を労った。母は嬉しそうに目を細めると台所に向かった。そして航にコーヒーとケーキを出すと母はそのまま浴室に入った。






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