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青い煩い、少女の情動。
第6章 音楽室とリコーダー

[えっ、]
困惑、そして硬直、次に焦り、それがループして増幅する。美琴に救援を求めるも頭を横に振られる。つらっ。えっどうしよう。絶対に恥をかく。響君に情けない姿だけは見せられない……。避けられない運命に悲観するしかないとそう思っていると
『僕……やりますよ。』
響君が手を上げていた。右手には腹面に都野響と名前の彫られたリコーダーを持っている。それを見た先生は好奇の目で
『よし、じゃあやってみろ。』
と告げた。私にはそれが酷く無慈悲に聞こえた。私の代わりに響君が恥をかくのではないか、と募らせた悲観が行き場を失った。しかしその数秒後には私の心配は無用の長物となっていた。
[っ!]
音楽室中に響き渡るソプラノリコーダーの音色。小鳥の囀り、小川のせせらぎ、木の葉の葉擦れ、山々を駆け抜ける風の音、全てが雄弁でそして同時に寡黙だった。なんて綺麗な音色だろう。とても単一楽器が奏でている音とは思えない。ドがつく下手の私でも分かるパーフェクトな演奏だった。
『驚いた……。』
先生は呆然として手足をだらんとしている。先生だけでなく、生徒もみんな演奏に惚れ惚れして聴き入っていた。響君は沸き立つ拍手に恐縮しながらも私に慈愛の視線を送ってくる。私の心の中で何か、形を成しそうで成していないものが大きくなったような気がした。
授業後、私は真っ先に響君のもとに駆けつけた。心の中は感謝と恋慕の気持ちで一杯だ。
[響君、ありがとう。その……かばってくれたというか、助けてくれて……]
『ううん。莉央あんまりリコーダー得意じゃないみたいだったから……。困ってるかなと思って……。]
[めっちゃ助かったよー]
私は両手をあわせて、神に祈る信者のように響君に感謝を伝えた。なんなら五体投地してもいい。そのくらい感謝していた。
[それより、響君リコーダーめっちゃ上手いね!?びっくりした。]
『うーん。普通じゃないかな。』
特段、嫌味といった印象は受けない。彼の本心なのだろう。人並みにもできない私はどうしたらいいのか。
[ご存じのとおり、私はリコーダーめちゃくちゃ下手で……。ちょっとだけでいいから教えてくれない?]
正直打算が8割だったが、以後、恥を晒したくないというのは本心である。響君に教えてもらえて上手くなれるのなら願ったり叶ったりであるのだが……

