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天狐あやかし秘譚
第117章 献身奉仕(けんしんほうし)
あれは、こんなふうに私たちが受験勉強に必死になっていた中学3年生の夏のことだった。ある日の夜、床の間から父の怒鳴り声が聞こえたのだ。
「父さんは俺をバカにするのか!」
狭いわけじゃないけれども古い作りの家だ。大きな声を出せば少し離れていたとしてもよく聞こえる。私と水有はそっと『おばけの間』の襖に耳をつけて中の様子をうかがった。
「そないなこと言うてへん」
どうやらジジと父親が言い争っているらしかった。父の出世が遅いことについて『お前も長男なんやから、しっかりせなアカンで。誠二郎みたいに事業起こすいうんも一つの道や』みたいなことを言ったようだった。
確かに小学校の頃に課長と聞いていた父は、未だに課長のままだった。そんな痛いところを突かれて父が逆ギレした・・・そんな構図のようだった。
スパン!と襖が開き、憤慨した父が出ていく様子を、私と水有は呆然と見送っていた。眉間に皺を寄せ、すぐ近くにいた私たちのことすら目に入っていないみたいだった。あんな父を見たのはこの時が初めてだった。
このことがあってから、父はふさぎ込むことが多くなったように思う。
あれほど穏やかだった父が、母と小さな諍いを起こす場面も度々見るようになった。
母も何やら憔悴しているように見えた。
そんな父や母の姿を目にするたび、私たちは部屋にこもって、それらを見ないふりをして過ごしていた。なにか、悪いことが起き始めている。そんな漠然とした不安を抱えながら、私たちは姉妹の間でもそのことを話題にできないでいた。
「父さんは俺をバカにするのか!」
狭いわけじゃないけれども古い作りの家だ。大きな声を出せば少し離れていたとしてもよく聞こえる。私と水有はそっと『おばけの間』の襖に耳をつけて中の様子をうかがった。
「そないなこと言うてへん」
どうやらジジと父親が言い争っているらしかった。父の出世が遅いことについて『お前も長男なんやから、しっかりせなアカンで。誠二郎みたいに事業起こすいうんも一つの道や』みたいなことを言ったようだった。
確かに小学校の頃に課長と聞いていた父は、未だに課長のままだった。そんな痛いところを突かれて父が逆ギレした・・・そんな構図のようだった。
スパン!と襖が開き、憤慨した父が出ていく様子を、私と水有は呆然と見送っていた。眉間に皺を寄せ、すぐ近くにいた私たちのことすら目に入っていないみたいだった。あんな父を見たのはこの時が初めてだった。
このことがあってから、父はふさぎ込むことが多くなったように思う。
あれほど穏やかだった父が、母と小さな諍いを起こす場面も度々見るようになった。
母も何やら憔悴しているように見えた。
そんな父や母の姿を目にするたび、私たちは部屋にこもって、それらを見ないふりをして過ごしていた。なにか、悪いことが起き始めている。そんな漠然とした不安を抱えながら、私たちは姉妹の間でもそのことを話題にできないでいた。

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