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東京帝大生御下宿「西片向陽館」秘話~女中たちの献身ご奉仕
第3章 女中 千勢(ちせ)

翌朝、日曜日に誠一が目覚めたのは9時過ぎだった。書院窓の障子は曇天の色を写して暗く、底冷えのする朝だった。千勢は、誠一が熟睡する間に布団を出ていたが、枕元にいくらかの髪油の残り香が感じられた。誠一はゆっくりと起き上がり、洗面に立つために襖を開けると、「次の間」に朝餉の支度が整い、その脇で千勢が、誠一が以前に読んで押入れに積んであった文芸誌の一つを持ち出して、熱心に読んでいた。
襖の開く音に気付いて、千勢が本を置き、畳に指を突いて 「お早うございます。ご本をお借りしております。」 と、挨拶した。誠一は、昨夜のことを思い出し、うつ伏せで手脚を広げ、後ろから突かれ続けて喘(あえ)いでいた良枝が、何事もなかったように、三つ編みを下げた清楚な文学少女の雰囲気を漂わせている、その豹変ぶりに改めて魅力を感じながら、 「熱心で結構なことだね。」 と、にこやかに返答したのだった。

