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東京帝大生御下宿「西片向陽館」秘話~女中たちの献身ご奉仕
第3章 女中 千勢(ちせ)

 「西片向陽館」の門に下がる笠付き外燈が作る翳りの中に、後部が丸味を帯びた背高の黒塗りタクシーが止まった。ダークグレーの杉織り地のスリーピーススーツを着て、同色のハットを被った下宿生、富田邦夫が、厚手の黒コートを腕にかけて降り立った。

 富田が、運転手に大きな本革のトランクケースを三つ、玄関まで運ばせてから、心付けを渡していると、女中頭の幸乃が奥から小走りに出てきて、玄関上がりの板間に正座して出迎えた。

 「お帰りなさいませ、富田様。上海からの長旅でお疲れでございましょう。お風呂の支度ができております。」

 「ただいま戻りました。お気遣いを有難うございます。上海からの船旅は、ゆったりと快適でしたが、今日の神戸からの特急<燕>では、8時間以上も揺られましたからね。それでも、開通したばかりの丹奈トンネルのおかげで、少し短くはなったのですけれど。それはともかく、早速お風呂を頂戴しましょう。」
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