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夜をほどく
第16章 選ぶということ

翌朝、カーテン越しに差し込む光が、まるで現実そのものだった。
ベッドの中、彼の腕の中で目覚めた紗江は、しばらく息を潜めていた。
光貴の胸に耳を当てると、規則的な鼓動が聞こえた。
その音が、ひどく愛おしかった。
でも同時に、背筋が冷えていく感覚もあった。
――この人は、他の誰かの夫。
その事実は変わらない。
昨夜、何度も交わし合った言葉と体温が、まるで儚い夢のように思えてしまう。
「起きてた?」
低くくぐもった声が耳元に落ちる。
光貴の指先が、頬をなぞった。
「うん……目が覚めたら、あなたが隣にいて……」
「……それが日常だったらいいのにな」
そのひとことが、胸に突き刺さった。
誰よりも現実的で、いつも冷静な彼が、こんな言葉を口にするなんて。
「……離婚、するの?」
勇気を振り絞って訊いた。
答えが欲しかったというより、その覚悟を、確かめたかった。
光貴は少しだけ間を置いた。
「……簡単な話じゃない。でも、気持ちはもう、君にしか向いていない」
その言葉は確かに本物だった。
けれど、紗江の胸には奇妙な空洞が残った。
会社では、ふたりの関係を怪しむ視線が増えていた。
咲良は相変わらず何も言わなかったが、見る目が少しだけ冷たくなった気がした。
昼休み、喫煙所で結月が煙をくゆらせながら言った。
「本当に行くの? その先に、幸せあるって思う?」
紗江は答えられなかった。
光貴を選ぶことは、自分の人生をすべて変えることになる。
夫との関係、社会的な立場、未来の全て――
それでも、彼を想う気持ちは、確かにあった。
夜が深まるほどに、彼の声が、体温が、瞳が、脳裏に焼きついて離れない。
愛は罪だろうか。
罪を恐れて、手放せるほど、軽い想いだっただろうか。
そして、その夜。
紗江はひとり、夫に「離婚したい」と切り出した。
理由は言わなかった。
けれど、瞳の奥に宿る覚悟を、夫は静かに見つめていた。
ベッドの中、彼の腕の中で目覚めた紗江は、しばらく息を潜めていた。
光貴の胸に耳を当てると、規則的な鼓動が聞こえた。
その音が、ひどく愛おしかった。
でも同時に、背筋が冷えていく感覚もあった。
――この人は、他の誰かの夫。
その事実は変わらない。
昨夜、何度も交わし合った言葉と体温が、まるで儚い夢のように思えてしまう。
「起きてた?」
低くくぐもった声が耳元に落ちる。
光貴の指先が、頬をなぞった。
「うん……目が覚めたら、あなたが隣にいて……」
「……それが日常だったらいいのにな」
そのひとことが、胸に突き刺さった。
誰よりも現実的で、いつも冷静な彼が、こんな言葉を口にするなんて。
「……離婚、するの?」
勇気を振り絞って訊いた。
答えが欲しかったというより、その覚悟を、確かめたかった。
光貴は少しだけ間を置いた。
「……簡単な話じゃない。でも、気持ちはもう、君にしか向いていない」
その言葉は確かに本物だった。
けれど、紗江の胸には奇妙な空洞が残った。
会社では、ふたりの関係を怪しむ視線が増えていた。
咲良は相変わらず何も言わなかったが、見る目が少しだけ冷たくなった気がした。
昼休み、喫煙所で結月が煙をくゆらせながら言った。
「本当に行くの? その先に、幸せあるって思う?」
紗江は答えられなかった。
光貴を選ぶことは、自分の人生をすべて変えることになる。
夫との関係、社会的な立場、未来の全て――
それでも、彼を想う気持ちは、確かにあった。
夜が深まるほどに、彼の声が、体温が、瞳が、脳裏に焼きついて離れない。
愛は罪だろうか。
罪を恐れて、手放せるほど、軽い想いだっただろうか。
そして、その夜。
紗江はひとり、夫に「離婚したい」と切り出した。
理由は言わなかった。
けれど、瞳の奥に宿る覚悟を、夫は静かに見つめていた。

