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夜をほどく
第21章 告白の代償

朝の空気がいつになく冷たかった。
オフィスの空調が故障していたわけではない。ただ、空気そのものが張り詰めていた。
社内メールに、一通の匿名通報が回っていた。
「上司と部下の不適切な関係について」
差出人不明。だが、内容は明らかに、ふたりを狙い撃ちにしていた。
会議室に呼び出された紗江は、黙っていた。
上司に向かって「交際の事実は?」と問われても、頷くことも、否定することもできなかった。
そこへ、遅れて現れた光貴が静かに席に座った。
「俺から話します。関係は……事実です。
私情を職場に持ち込んだ責任は、すべて私にあります」
その一言に、紗江は息を呑んだ。
彼が、自分を守るようにすべてをかぶった。
「――それで済む話ではないですよ、課長」
「承知しています。いかなる処分も、受け入れるつもりです」
言葉に曇りはなかった。
けれどその背中は、どこか痛々しく、遠く感じた。
会議室を出たあと、紗江は追いかけた。
「なぜ……全部、あなたが背負うの?」
「俺は上司だ。立場がある。君に負わせたくない」
「でも……あなたが傷つくのを見るのが、いちばん辛いのに」
ふたりは人気のない給湯室で、静かに抱き合った。
壁に背を預けながら、光貴は目を閉じた。
「全部終わったら……君を、連れていく」
「……それは、どこへ?」
「どこでもいい。誰も、俺たちを知らない場所へ」
紗江は頷いた。
それが叶わぬ夢だと知りながらも、今だけは信じたかった。
その夜、彼は初めて、涙を見せた。
頬を濡らすその涙に、彼女はそっと唇を寄せた。
「……泣かないで。あなたが壊れてしまうのが、怖い」
「君の前でだけは……強くなんていられないんだ」
その夜の愛は、これまででいちばん静かで、
けれどいちばん深かった。
互いの鼓動だけが響く中、ふたりは言葉を交わさずに、
その想いを交わし続けた。
咎を背負っても、選んだのは愛だった。
その代償が、どれほど重くとも。
オフィスの空調が故障していたわけではない。ただ、空気そのものが張り詰めていた。
社内メールに、一通の匿名通報が回っていた。
「上司と部下の不適切な関係について」
差出人不明。だが、内容は明らかに、ふたりを狙い撃ちにしていた。
会議室に呼び出された紗江は、黙っていた。
上司に向かって「交際の事実は?」と問われても、頷くことも、否定することもできなかった。
そこへ、遅れて現れた光貴が静かに席に座った。
「俺から話します。関係は……事実です。
私情を職場に持ち込んだ責任は、すべて私にあります」
その一言に、紗江は息を呑んだ。
彼が、自分を守るようにすべてをかぶった。
「――それで済む話ではないですよ、課長」
「承知しています。いかなる処分も、受け入れるつもりです」
言葉に曇りはなかった。
けれどその背中は、どこか痛々しく、遠く感じた。
会議室を出たあと、紗江は追いかけた。
「なぜ……全部、あなたが背負うの?」
「俺は上司だ。立場がある。君に負わせたくない」
「でも……あなたが傷つくのを見るのが、いちばん辛いのに」
ふたりは人気のない給湯室で、静かに抱き合った。
壁に背を預けながら、光貴は目を閉じた。
「全部終わったら……君を、連れていく」
「……それは、どこへ?」
「どこでもいい。誰も、俺たちを知らない場所へ」
紗江は頷いた。
それが叶わぬ夢だと知りながらも、今だけは信じたかった。
その夜、彼は初めて、涙を見せた。
頬を濡らすその涙に、彼女はそっと唇を寄せた。
「……泣かないで。あなたが壊れてしまうのが、怖い」
「君の前でだけは……強くなんていられないんだ」
その夜の愛は、これまででいちばん静かで、
けれどいちばん深かった。
互いの鼓動だけが響く中、ふたりは言葉を交わさずに、
その想いを交わし続けた。
咎を背負っても、選んだのは愛だった。
その代償が、どれほど重くとも。

