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夜をほどく
第3章 煙と嘘の隙間で
「最近、部長となんかあった?」

休憩室の灰皿の前、同期の沙良が煙草をふかしながら言った。
口調はいつものサバサバ、けれど目だけがどこか鋭い。

「……別に。普通よ」
「ふーん。ならいいけど。あの人、ああ見えて鋭いからね。女の勘じゃなくて、男の嗅覚が。」

煙の向こうで笑った沙良の顔が、一瞬だけ陰った。
紗江は言葉を返せず、カップのコーヒーを見つめる。

──あの夜のことを、何度思い返しただろう。

薄暗い会議室。
ふたりきりで交わした、他愛ない会話。
乱れたスーツ。酒に滲んだ声。そして、火の点いた煙草。

「結婚してるんですか?」

何気ない問いに、光貴は短く「してる」と答えた。
なのに、寂しそうに笑った。

「うちのは、俺が家にいると疲れるらしいよ。」

その言葉に、紗江の胸が微かに疼いた。
似ている。夫との距離、会話のない夜。求められない身体。
それでも、浮気なんて無縁の人間だと思っていた。

けれど──人の心は、いつだって隙間に落ちる。

沙良の煙草の煙が、ぼやけた視界に滲んでいく。

「ねぇ、紗江」
「……なに?」
「しちゃいなよ。恋愛でも、不倫でも、やりたいようにさ。壊れる前に、自分で決めるほうがいい。」

紗江は答えなかった。ただ、目を閉じた。

心の奥に、煙のような嘘と欲望が立ちのぼっていた。
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