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夜をほどく
第28章 最後の言葉
ロッカーの奥、使われなくなったファイルケース。
その中に、彼からの最後のメールが印刷された紙があった。

(消せなかったんだ、私)

もうとっくにスマホからもPCからも削除していたのに、
紙だけは、捨てられなかった。

「……好きになるんじゃなかった。俺も、お前も」

たった一文。それだけだった。

ひどい言葉だ。
けれど、その裏に滲んでいたのは、自分を責めるような疲れた筆致だった。
あの夜のあと、彼は会社ではいつも通りを装っていたけれど、
タバコを吸う量が増え、酒に酔っては黙り込むことが多くなっていた。

最後の夜、彼は強く紗江を抱きしめたあと、ひどく優しくキスをした。
触れるだけの、深く、熱いキスだった。
言葉の代わりに、何かを刻みつけるように——

そして、何も告げずに離れていった。

(私も……好きにならなければ、って思った)

けれど、そうはならなかった。
彼の不器用さも、激しさも、時おり見せる孤独も——
全部、愛してしまった。

「あの人は、もう……ここにはいないのよ」

そう口に出すと、少しだけ胸が軽くなった。
あの言葉は、彼なりの終わらせ方だったのだ。
大人として、男として、責任を取るという形。

けれど紗江は、その痛みの一部を、今も引き受けている。

ファイルに紙を戻し、ゆっくりと閉じる。

もう、何度も読み返さない。
でも、それがここにあるということだけは、覚えていてもいい気がした。

愛し方を間違えても、想いが偽物だったわけじゃない。

「ありがとう。……そして、さようなら」

その小さな声が、ようやく彼に届いた気がした。
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