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夜をほどく
第4章 ほどかれた指先

その夜、雨だった。
外はざあざあと音を立てて降り続け、オフィスの窓を濡らしていた。
紗江はひとり、作業の残りを片づけていた――はずだった。
「まだいたのか」
低く、少しかすれた声が背後から落ちる。
振り返ると、そこには一条部長。
ネクタイを緩め、ワイシャツの袖をまくったその姿には、昼間の鋭さがなかった。
「……もう少しで終わります」
「そんな顔して、まだやるのか?」
そんな顔。
それがどんな顔だったのか、自分ではわからなかった。
「飲みに行くか」
ふいに言われたその言葉は、思っていたよりも自然に胸に落ちた。
断る理由もなかった。行きたいという気持ちも、否定できなかった。
二人きりのカウンター。
グラスに落ちる氷の音と、沈黙。
「……俺さ、女を抱くの、うまくないんだよ」
ふと漏れた一言に、心臓が跳ねた。
「家でも、ずっと演技されてた。最後には、顔を見られなくなった」
それは、言葉にならないほどの寂しさだった。
紗江は、なぜかその感情に心が共鳴してしまう。
「誰かに、触れたいって思ったの、久しぶりだ」
彼の手が、自分の指先に触れた。
その動きは荒くもなく、けれど確かに熱を孕んでいた。
――いけない。
頭のどこかが警告を鳴らすのに、身体は静かに従っていた。
ほどかれたのは、彼のネクタイだけじゃない。
自分の心の奥に巻きついていた理性までも、するすると解けていくのがわかった。
それでもまだ、この時は「一線」を越えていないと、自分に言い聞かせていた。
そう信じたかった。
外はざあざあと音を立てて降り続け、オフィスの窓を濡らしていた。
紗江はひとり、作業の残りを片づけていた――はずだった。
「まだいたのか」
低く、少しかすれた声が背後から落ちる。
振り返ると、そこには一条部長。
ネクタイを緩め、ワイシャツの袖をまくったその姿には、昼間の鋭さがなかった。
「……もう少しで終わります」
「そんな顔して、まだやるのか?」
そんな顔。
それがどんな顔だったのか、自分ではわからなかった。
「飲みに行くか」
ふいに言われたその言葉は、思っていたよりも自然に胸に落ちた。
断る理由もなかった。行きたいという気持ちも、否定できなかった。
二人きりのカウンター。
グラスに落ちる氷の音と、沈黙。
「……俺さ、女を抱くの、うまくないんだよ」
ふと漏れた一言に、心臓が跳ねた。
「家でも、ずっと演技されてた。最後には、顔を見られなくなった」
それは、言葉にならないほどの寂しさだった。
紗江は、なぜかその感情に心が共鳴してしまう。
「誰かに、触れたいって思ったの、久しぶりだ」
彼の手が、自分の指先に触れた。
その動きは荒くもなく、けれど確かに熱を孕んでいた。
――いけない。
頭のどこかが警告を鳴らすのに、身体は静かに従っていた。
ほどかれたのは、彼のネクタイだけじゃない。
自分の心の奥に巻きついていた理性までも、するすると解けていくのがわかった。
それでもまだ、この時は「一線」を越えていないと、自分に言い聞かせていた。
そう信じたかった。

