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夜をほどく
第35章 選ぶ

土曜の午後、紗江はいつものように佐伯の部屋を訪れた。
玄関の扉を開けた瞬間、ふわりと立ちのぼるタバコの匂いに、なぜか安堵する。
「遅かったな」
ソファに腰かけていた佐伯は、缶ビールを片手に、目だけで笑った。
その飾らない仕草が、今の紗江には心地よかった。
「ごめん。ちょっと寄り道してたの」
そう言いながら、バッグを床に置き、彼の隣に腰かける。
距離が近づくたびに、彼の体温がじわりと伝わってくる。
しばらく無言のまま、テレビの音だけが部屋に流れていた。
紗江は、佐伯の横顔を見つめながら、意を決して言葉を吐き出した。
「……今日、元上司に会ったの」
佐伯の手が、缶から離れた。
「そうか」
それだけの言葉に、彼の大人な余裕と、少しの寂しさが滲んでいた。
「会って、思ったの。もう、私はあの人を選ばないって。
後悔しても、未練があっても……戻れない場所だって、やっとわかった」
そう言ったとき、自分の中の靄がすうっと晴れていくのを感じた。
佐伯は少し驚いたような顔をして、それから笑った。
「……そっか。それ、聞けてよかった」
「ほんとに?」
「お前が他の男をまだ引きずってるんじゃないかって、ずっと思ってた。
俺なんかただの逃げ場なんじゃないかってさ」
「違うよ」
紗江は彼の頬に手を伸ばした。
あたたかくて、荒っぽくて、でもどこまでもやさしい――そんな彼の肌。
「逃げてなんかない。ちゃんと、あなたを見てる」
その言葉を確かめるように、彼は唇を重ねてきた。
ゆっくりと、深く、感情を溶かすように。
抱き合う身体は、すでに過去の痛みではなく、いまの愛に導かれていた。
玄関の扉を開けた瞬間、ふわりと立ちのぼるタバコの匂いに、なぜか安堵する。
「遅かったな」
ソファに腰かけていた佐伯は、缶ビールを片手に、目だけで笑った。
その飾らない仕草が、今の紗江には心地よかった。
「ごめん。ちょっと寄り道してたの」
そう言いながら、バッグを床に置き、彼の隣に腰かける。
距離が近づくたびに、彼の体温がじわりと伝わってくる。
しばらく無言のまま、テレビの音だけが部屋に流れていた。
紗江は、佐伯の横顔を見つめながら、意を決して言葉を吐き出した。
「……今日、元上司に会ったの」
佐伯の手が、缶から離れた。
「そうか」
それだけの言葉に、彼の大人な余裕と、少しの寂しさが滲んでいた。
「会って、思ったの。もう、私はあの人を選ばないって。
後悔しても、未練があっても……戻れない場所だって、やっとわかった」
そう言ったとき、自分の中の靄がすうっと晴れていくのを感じた。
佐伯は少し驚いたような顔をして、それから笑った。
「……そっか。それ、聞けてよかった」
「ほんとに?」
「お前が他の男をまだ引きずってるんじゃないかって、ずっと思ってた。
俺なんかただの逃げ場なんじゃないかってさ」
「違うよ」
紗江は彼の頬に手を伸ばした。
あたたかくて、荒っぽくて、でもどこまでもやさしい――そんな彼の肌。
「逃げてなんかない。ちゃんと、あなたを見てる」
その言葉を確かめるように、彼は唇を重ねてきた。
ゆっくりと、深く、感情を溶かすように。
抱き合う身体は、すでに過去の痛みではなく、いまの愛に導かれていた。

