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雨にほどける
第2章 雨の駅前で
雨の粒が、肩に落ちた。
グレーのアスファルトに広がる水の模様を見つめながら、わたしは傘の中で、静かに息を吐いた。

――もう、すぐそこまで来てるかもしれない。
そう思うだけで、心臓の鼓動が耳の奥に響く。濡れた駅前のアーケード。目に映るのは傘の色、行き交う人、スーツケースのタイヤの音。
それらを背景に、ただひとり、私は時間を数えていた。

「澪ちゃん」

やわらかく、けれど確かな声だった。
顔を上げる。傘の向こうに、彼女が立っていた。
――先生が、そこにいた。

コートの裾に少し水を含ませながら、それでも涼は変わらない落ち着いた眼差しを向けていた。あの頃と同じ、静かな微笑み。その視線に触れただけで、胸の奥にしまっていた何かが、ぶわっと熱を持つ。

「久しぶり……ですね」
そう言おうとした言葉は、うまく形にならず、声は喉の奥でほどけた。
涼は少しだけ近づいてきて、私の傘にそっと手を伸ばす。

「髪、濡れてるよ」
「……うん、気づかなかった」

自然に、並んで歩き出す。
駅のロータリーの向こう、予約していたホテルまでは数分もかからない。
なのにその間が、まるで数年分の距離みたいに、遠くもあり、近くも感じる。

――触れたら、全部、崩れてしまいそうだった。

ホテルの自動ドアをくぐると、空気が一気に変わった。雨音が遠のき、冷たい冷房の風が私たちの体温を少しだけさらっていく。
受付で名前を告げる涼の横顔を、私は黙って見つめた。喉の奥が乾く。もう、何度も何度も思い出した顔なのに、今はなぜか、まるで初めて見るような気がした。

部屋はツインだった。
けれど、その空間が持つ密度は、それだけでは測れない。

「荷物、そこに置いていいよ。澪ちゃん、喉乾いてない?」

涼の声に、わたしは首を振った。
でも、ほんとは乾いていた。喉も、心も、ずっと。

――たった一度のキスが、こんなに時間を引き延ばすなんて。

ベッドの端に腰を下ろしながら、私はようやく口を開いた。

「……あのときのこと、覚えてますか?」

沈黙が落ちた。
その静けさのなか、雨が窓を打つ音が、ふたりの間の時間を埋めていった。
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