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雨にほどける
第3章 チェックインと濡れた髪
「……忘れるわけ、ないでしょ」

涼は、そう静かに言った。
カーテンの向こう、雨が細かくガラスを叩く音。そのひとつひとつが、心の奥に積もっていくようだった。

私は視線を上げることができなかった。
ベッドの上で指先を握ったまま、ただ、うつむいて、涼の声だけを頼りにしていた。

「でも、もう三年も――」

「それでも、澪ちゃんのこと、何度も思い出してたよ」
「……ほんとに?」

問いかけたのは、私だったのか、心の中だったのか。
でも、涼は答えてくれた。

「ほんと。……あのとき、キスして、それで全部、止まってしまったような気がしてた。だから今日、会えてよかった」

涼がバスルームから持ってきたタオルを、そっと私の髪にあてがう。
濡れた髪を拭くたびに、彼女の指が優しく触れて、私の首筋に空気が揺れる。

「少し冷えてる。お風呂、先に入る?」
「……先生は?」
「あとででいい。澪ちゃんの髪、ちゃんと乾かしてあげたいの」

鏡越しに、彼女と目が合った。
その一瞬だけで、胸が熱くなる。
三年前と同じ瞳。けれど、私たちはもう、あの頃のままじゃない。

私は立ち上がり、そっと涼の手からタオルを受け取った。

「……ありがとう。でも、これくらい、自分でできるから」

そう言いながらも、私の手は震えていた。
もう、自分でも気づいていた。この再会を、ずっと夢に見ていたこと。
昨夜、ひとりで、どうしようもない熱に身を任せたこと。
先生のことを思いながら、抑えきれない身体の疼きに負けたこと――。

「……澪ちゃん」

不意に名前を呼ばれて、タオルを握る手が止まった。

「ごめんね。あのとき、きちんと気持ちを伝えられなくて」

「ううん。……私も、逃げたの。怖かった。キスだけで、胸がいっぱいで……。それ以上、踏み込んだら、壊れてしまいそうで」

空気が湿っていた。
けれどその湿度が、心の隙間を埋めてくれるようで、どこか安らいでもいた。

「……今日は、もう逃げない?」

涼の言葉は、囁くように、けれどまっすぐだった。
私は小さくうなずいた。唇が、触れてしまいそうな距離。

――濡れた髪のまま、私は彼女の胸に顔を埋めた。
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