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一度だけ抱いて~花は蝶に誘われてひらく~
第3章 【残り菊~小紅と碧天~】 旅立ち
 京屋といえば、江戸で押しも押されぬ大店であり、その主市兵衛は婿養子でありながら身代を先代から数倍も大きくしたといわれる凄腕の大商人だ。どのような有名な大店の倅でも、一度は京屋で見習い奉公させて市兵衛から直接商人とし一人前に仕込んで貰いたいと、頼み込んでくる大店が後を絶たない。
 若い頃から〝氷の市兵衛〟と異名を取るほど冷徹な面も持っていたが、周囲の反対を押し切って長らく恋仲であった二度目の内儀を迎えてからは、別人のように人当たりがやわらかくなったといわれる。
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