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一度だけ抱いて~花は蝶に誘われてひらく~
第3章 【残り菊~小紅と碧天~】 旅立ち
 若い時分は歌舞伎役者も色褪せるとたとえられたほどの美貌は、今もいささかも衰えてはいない。相も変わらず吉原へ上がれば、つんと澄ましている花魁たちも市兵衛には色目を使うという話だ。
 市兵衛に話しかけられ、生糸問屋の隠居はおいおい泣いた。
「京屋さん、お前さんはまだ五十前だろう。儂が隠居したのは還暦だったぞ。まだまだ隠居なんかするのは早いんじゃないかの」
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