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一度だけ抱いて~花は蝶に誘われてひらく~
第8章 第一部・第二話【赤とんぼ~小紅と碧天~】 すれ違い
栄佐が実の母親である生母に近寄ろうともせず、乳母にばかり懐くというのが追い出された理由だった。
―お可哀想な若さま。
乳母は別れ際、栄佐を抱きしめて泣いていた。彼女が去った後、栄佐が大きな屋敷でたった一人になってしまうのを彼女は怖れていた。
今ではもう顔の輪郭さえ定かではなくなったけれど、あの雪の日、ここで栄佐の手を握りしめてくれた乳母の手の温もりだけはしっかりと憶えている。