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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第3章   

 ただ、

 願わくばもう一度だけ、

 愛するあの人に、囁かれたかった。



『ほら、おいで。俺の可愛い子――』 



 兄の暖かな声を思い出した途端、

 濡れた頬に一筋、熱い涙が伝い落ちて。



「……血だるまになって、息絶えた私でよければ、

 リーヴ。貴方にくれてやるわ――」


 
 妙に静かな声でそう言い放ったヴィヴィ。

 両手で握ったナイフの尖った刃先が、

 リーヴから己へと、

 手首を捻って照準を定め直し。

「……お嬢様……? や、やめて下さいっ お嬢様――っ!!」

 高く抱え上げたナイフ。

 それを、目蓋を瞑った自分の胸へと、一直線に振り下ろした。

「―――っ!? ぐ……っ ~~~っっ」

 生気を失った白い胸に、ぱたた と垂れ落ちてくる、生暖かい液体。

 そして辺りに漂い出した、濃い血の匂い。

 両手に跳ね返って来たのは、確かに何かを刺した手応えだった。

 なのに、

 なのに、自分自身はどこも、痛くも痒くも無くて――。

 そして、

 自分の手からペーパーナイフをもぎ取った男。

 それを遠くへと放った、その大きな手には、

 確かに赤い血液がこびり付いていて。

「………………」

 何が起こったのか、全く解らなかった。

 もしかしたら、もう自分は死んでいて。

 天国か地獄か判別の付かないあの世で、

 まだ先程の悪夢の続きを見さされているのか――?

 しかし、ヴィヴィのその当ては外れていた。

 階下から響いたのは、扉を開閉する音。

 そして、

「あれ~~? クリス? ヴィヴィ? いるのぉ~~?」

 この緊迫した場面には、あまりにも不釣り合いな、同居人の声。

 その途端、

 自分から離れたリーヴの、

 その両手が視界に入って。

 白いシャツの袖をぐっしょりと赤く染めた、

 現実を思い知らされる、その悲惨な光景に――

 金切り声を上げて叫んだヴィヴィ。

 そこで、意識が白み始めて。

 悲鳴を聞き付けて駆け上がってくる、けたたましい足音と、

「ヴィヴィ――っ!?」

 驚嘆したダリルの声。

 それを認めた途端、

 自分の意識は、完全に闇へと葬られた――。




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