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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第2部
第6章     



『嘘なんか吐いてないっ! 私は不倫なんて、絶対に嫌だものっ』

 あの日、湖の畔のヴィラで、

 自分は咄嗟に、そう喚いて。

『ふうん。じゃあ、ヴィクトリアは “俺を捨てて、他の男に走る” とでも?』

 そう返して来た兄の表情には、隠しおおせていない苛立ちが滲んでいたっけ。

『……――っ そうよ』

 妹の吐いた咄嗟の嘘を、

『そして、俺がそれを許すと、本気で想っている?』

 白い頬を指先で擽りながら続ける、匠海の表情は、

 もう常と、そんなに変わりもせず。

『……どうして、お兄ちゃんの許しを得なければならないの』

『ヴィクトリアが俺のものだから』

 そんな兄の主張は、到底受け入れられるものじゃなかった。

『……ちがう……』

『いいや、違わない。お前が言ったんだ「ヴィヴィはずっと、お兄ちゃんだけのもの」って』

 聞き覚えのある その言葉に、

 また、黒いビスチェに包まれた胸の奥が、きしりと軋みを上げ――。



 しかしそこで、ヴィヴィはぶんぶんと金の頭を振り、過去の残像を断ち切る。



 いつもだ。

 いつもこうなる。



 今シーズンのエキシビ。

 宮田と振付けた『Mein Herr ― あたしの男』を、練習等で滑る直前、

 どうしても頭の中に、匠海とのやり取りが過ぎって。

 しかし、

「さあ、次にお迎えしますのは、2018年 平昌五輪 金メダリスト! 以降、各年の世界選手権の女王として君臨し続ける、我らがAn Icy Angel(氷の天使)――ヴィクトリア・篠宮!」

 暗転したリンクに響き渡る、仰々しい会場MCの紹介に、

(こ、氷の天使……? 言われた事ないぞ……?)

 そう胸の中で突っ込んだ頃には、ヴィヴィの心と頭は、何とか落ち着きを取り戻していた。

「ふぅ……」

 小さく息を吐き出し。

 先程目星を付けた場所へと、位置に着く。


―――――――

※映画「キャバレー」より “Mein Herr ― あたしの男”
 作詞・作曲:ジョン・カンダー
 ライザ・ミネリ主演のミュージカル映画

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