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可愛いヒモの育て方。
第9章 夢

「は!? 喫茶店? 始めたってことは、自営業? 何その可愛らしい名前」
「さあ、奥さんの趣味じゃないの?」

 これも、私が知ってるマサルとは、結びつかない。私が高校生の時恋していた人は、別人なんじゃないかとさえ思えた。
 なんだか、不快だ。

「なんで私にこんなの渡すの?」
「まだ忘れられてないなら、一回会って綺麗に清算してきたら、と思って。いらなきゃ捨てたらいいわ。とりあえず渡しとく」

 おやすみ。囁くような彩乃の声は、闇に溶けていく。
 私は自分の車の前に立ちすくみ、メモ用紙を眺めた。ぐしゃりと丸めて捨てればいい。どうせ行くことはないのだ。
 だけどどうしても、そうできなかった。達筆な文字。彩乃も字は綺麗だけど、彩乃の字ではない。もしかしたら、マサルの奥さんの字だろうか。
 本当にあの人は結婚して子供を作り、可愛らしい名前の喫茶店をオープンし、夫婦でそこを経営しているんだろうか。
 ……不快。なぜかはわからなかった。あの男への未練や嫉妬ではなく、ただ、私の知っているマサルの面影が、一つもないことが不快で仕方なかった。
 あいつの言葉は今でさえ、まるでサビた釘のように私の心を貫くのに、とうのあいつはそんな釘初めからないかのように幸せな家庭を築いて生きている。この理不尽な憤りを、どこにぶつければいいんだろう。
 メモ用紙を握りしめ、車に乗り込んだ。モヤモヤを抱えたまま、家路につくしかなかった。

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