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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第8章 第二話・参
     【参】

 覚醒は突然、訪れた。闇の底から意識が急に浮上してくるかのような感覚があり、続いて、眼が開く。水から陸(おか)に上がったような、長い眠りから覚めたようなときに似た感覚だ。まだぼんやりとした頭で、お民はゆるりと首だけを動かして、自分の置かれた状況を確かめようとする。
 頭の芯だけでなく、胸の辺りにも鈍い痛みが残っている。
 どうやら、夜具の上に仰向けに寝かされていたようだ。鮮血で染めたような毒々しい色合いの大きな夜具が二つ、並べて敷いてある。その一つに横たわっていたらしい。
 枕許には小さな衝立があり、片隅に殆ど色褪せた小さな姫鏡台が放置されたように置かれていた。
 部屋の壁の色も全体的に赤っぽく、やはりこれも塗りの剥げた衣桁には緋色の長襦袢がひろげて掛けられている。
 お民にもここがそもどこなのかは薄々は察せられた。恐らくは出合茶屋、男女が秘密の逢瀬や情事を重ねるための連れ込み宿のようなものではないか。
 その時、初めて自分が捨て子稲荷の前で何者かに襲われたのだと思い出した。
「やっと気付いたか」
 その声に、お民はハッと面を上げた。
「何でこのようなことなさるのですか」
 心の動揺をひた隠し、相手を真っすぐに見つめる。その凜とした態度に、嘉門がおやという表情になる。
「これはまた、随分と強気だな。こんな有り様で目覚めても、取り乱しもせず泣き喚きもせぬか」
 お民は瞳の視線の力を強める。
「私をお帰し下さいませ」
「帰す―? 一体、どこに帰すというのだ。そなたの帰るべき場所は、俺のところしかないだろう」
 空惚ける嘉門に、お民は首を振り、きっぱりと言った。
「いいえ、私の帰る場所は良人の許しかございません。どうか私を良人の許にお返し下さい」
「ホウ、果たして、真にそうかな。そなたが俺を―いや、正確に申せば俺と過ごした夜のことをいまだ忘れておらぬとしたら?」
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