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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第9章 第二話・伍
 何より、お民の心を動かしたのは源治の優しさだった。
―それ以上言うな。たとえ誰が何と言おうと、お前の腹の子は、俺の子だ。お民、お前は俺の子を生むんだ、な?
 あの言葉を、お民は生涯忘れないだろう。
 この男となら、一生歩いてゆける。
 いや、一生、いつてゆける。今度こそ、たとえ何が起ころうと、この男の傍を離れまい。 固く固く心に誓った。
 源治が山盛りになった籠から一つ、橙色の実をつまんだ。
「さ、食べろ」
 お民が愕いて源治の顔を見ると、源治がニッと笑った。
「暑い時期でも、これならさっぱりとして喉を通るだろう? これから腹の赤ン坊もどんどん大きくなるんだ。食べられねえから食べねえっていうのは駄目だぞ」
 最近、お民は再び食が落ちた。妊娠初期の悪阻に近い症状だが、これは大きくなってきた子宮が胃を圧迫するために起こる症状だ。
 源治は昨夜から何度か食事を一緒にして、お民が殆ど食べないのをひどく心配している。
「そうですね」
 本当は何も食べたくはなかったのだけれど、源治をがっかりさせたくなくて、お民はその枇杷の実を受け取り、ひと口だけ囓った。
「どうだ、美味しいか?」
 まるで親に賞められるのを期待するような眼で訊ねる源治に、お民は微笑む。
「美味しい」
「そうか、良かった」
 心から安堵したような源治が嬉しげに言う。
「まだまだたくさんあるからな。たんと食べろ」
 源治が自分もまた一つ、枇杷をつまんで口に含む。
 泣き顔を見られたくなくて視線を落とすと、山盛りになった夕陽の色の実が眼に入った。
 涙でその色がぼやける。
 お民は涙を零しながら、源治のくれた枇杷の実をひと口、ひと口、宝物のように大切に食べた。

(第二話終わり、明日から第三話へ)
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