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石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
第9章 第二話・伍
 その翌日は、からりと晴れた。
 蒼い空の涯に、刷毛で描いたような白雲がひとすじ浮かんでいる。
 お民は竹籠を両手で持ち、樹の下から不安げに頭上を仰いでいた。
「本当に大丈夫なんですか? うっかりして、落っこちないで下さいよ」
 お民が下から叫ぶと、枇杷の樹に登った源治も負けじとばかり怒鳴り返してくる。
「大丈夫だよ。これでもガキの頃は木登りの達人の源ちゃんと呼ばれたんだ」
 と、妙なことをさりげなく自慢しながら、源治は器用に鈴なりになった枇杷の実をもいでゆく。もいだ実はすべて下にいるお民に放ってよこされ、お民の役目は専ら源治が今にも落ちるのではないかと案じながら、枇杷を受け止めることであった。
 やがて、籠が一杯になった頃、ようよう源治が樹から降りてきた。見れば、するするとまるで猿のように達者に降りてきた。登るさきも、ひょいひょいと巧みに枝から枝へと危なげなく渡っていったが、木登りが得意というのは満更嘘ではないようだ。
「流石というか何というか、お前さんが自分で自慢するだけはありますね。まるで猿のようだわ」
 お民が心底から唸ると、源治はむくれた。
「何だ、その猿というのは。人を山猿のように言うなよ。もちったァ、上手い賞め方はないのか」
「だって、猿は猿ですもの。ううん、山猿のよりもお前さんの方が上手かもししれませんよ」
 お民が笑いながら言うと、源治もまた笑顔になった。
「良かった、やっと笑ったな」
 え、と、お民は眼を瞠った。
「昨日からずっと思ってたんだ。しばらく顔を見ねえ間に、どうもお前はすっかり笑わなくなっちまってる。どうしたら前のように笑わせられるかなと思って、これでも、からきしない知恵を絞り出して思案したんだ」
「お前さんったら」
 お民の胸に熱いものが込み上げる。
 源治の優しさが身に滲みた。
 村外れの一軒家の庭には今、枇杷の実がたわわに実っている。
 お民と源治はこの家で共に暮らし始めた。
 昨夜も遅くまで話し合い、お民はついに腹の子を源治の子として生み育てることを決意したのだ。
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