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吼える月
第30章 予感
 


「ぷぷ……くくく……」


 完全にイルヒがいなくなったことを確認したテオンが、突如震えて項垂れるような姿勢で笑いだす。サクはお疲れ様とばかりに、ぽんぽんとその肩を叩いた。


「よく、堪えたな。イルヒのあの顔を見て。お前の顔、不自然に強張ってたから、いつ爆発するかとこっちはドキドキもんだったが……」

「くくく……笑えないよ…。ぷぷぷ……僕が叩いちゃったんだもの……。あれはやっぱり、何度も謝っても、してはいけないことだったし、笑っちゃいけない…ぷぷぷぷ……」

「お前、イルヒに"ここで待ってて"って…、お前イルヒに応えることにしたのか? あのちんちくりんを」

「くくくく……応えるってなに?」

「イルヒの想いに、だよ」


 するとテオンはぴたりと笑いをやめ、難しそうな顔つきを見せた。


「は? お兄さん、僕意味わからない。イルヒは、僕をおどかしにきただけだよ? あんなちっちゃい子が、僕に恋愛感情なんて……。シバやお兄さんみたいな色男ならわかるよ、だけど僕だよ? ぼ……だめだもう駄目……っ、くくくく、ぷははははは」



「お前……、無意識であの台詞か? 頭はいいのに鈍感でタラシとは……」


 サクは、笑い転げるテオンの前で、いなくなったイルヒに憐憫の眼差しを向けた。今頃イルヒは、前途が明るい未来に、薔薇色の気分だろう。

 ……自分とは逆に。



「ふぅ……、あれ、姫様……姫様!?」


 気づいたらユウナがいなかった。

 サクは慌てて、ユウナを探し始めた。


 するとユウナは物陰に隠れており、サクを見ると、袖を摘まんで言った。


「……ありがと。助けてくれて……」


 そして真っ赤な顔でサクの前から走り去った。


 サクは顔を手で覆いながら、その場に崩れる。


「なんだよ、あれ……。反則だろ……」


 その顔は、ユウナのものよりも赤かった。




*****************


 ※明日、青龍編の最後の更新となります。

 ここまでお付き合い下さり、本当に感謝です。


 2016.01.04 奏多 拝


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