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吼える月
第30章 予感

 

「ほら猿。お嬢も言ってるんだし……」

「姫様、さすがにそれは……」

「イルヒは、一番に玄武の力を信じて、餓鬼の居る海に飛び込んでくれたの。その勇気は凄いと思うわ」

「勇気だけじゃ……」

「じゃああたしに、勇気以外になにがあるというの? 武術も出来ない、神獣の力もない。箱庭育ちのあたしですらなんとか旅を出来ているのよ、それだったら【海吾】として、逞しく育ってたイルヒの方が、よほど……」



「イルヒは、ここで待っててよ」



 突然割り込んだ声は、テオンだった。

 朝餉の支度が出来たことを、旅の打ち合わせを兼ねて、知らせに来たようだ。

 
 
「あたいだって、テオンの役に……」

「だからここにいて。ここで待ってて、蒼陵の情勢を僕に教えてくれる?」


 テオンは妙に強張った顔をしながら、イルヒに言う。



「僕と文のやりとりしよう」

「やるーーっ!!」



 即決したイルヒが飛び上がって喜んだ。



「なんだい、その…恋文みたいなやりとり!! やる、ぜひやりたいっ!!」


「……イルヒ、お前……状況に憧れてるだけじゃ…」

「イルヒ、あたしと一緒に……」


 イルヒは、泣き出しそうなユウナに笑った。


「お嬢もあたいと文のやりとりしようよ。なんだか本当の友達っぽいよ!」

「イルヒ、あたしとイルヒは、もう本当の友達で……」


「よし、だったら"鳥"にお願いしてくる!」



 ユウナを無視してそう言うと、歪な顔をしたまま、イルヒはこの場から忙しく走って消えた。

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