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吼える月
第31章 旅路 ~第三部 朱雀の章~
 

 ため息をつきながら、いつものようにユウナの横に座るが、ユウナに顔を向けない。それは不服だと、ユウナが赤く腫れた手で、サクのすこしやつれたような顔を自分の方に向けさせた。


「………」

「………」


 視線が絡み合う。

 炎のように揺れるサクの漆黒の瞳は、その奥の想いを滾らせている。

 吸い込まれそうなその瞳に魅入るユウナもまた、煽られたようにちらちらとなにかが見え始める。

 なにかが喉の奥で詰まって出て来ない……そんな歯痒さを感じながら、煽り煽られるふたつの瞳。乱れていくふたりの呼吸――。



「……っ」


 だが、揺らした瞳ごと、顔を横に背けたのはサクだった。

 ユウナの表情が錯覚させるのだ。


 ユウナから愛されていると――。


 だから自制がきかなくなってくる。

 
 こうして見つめ合えば、また肌を重ねたくなる。

 リュカではなく、自分を見て欲しいと叫びたくなる。

 笑って誤魔化せなくなる。


 この想いをぶつけて組み敷きたくなる。


 ……大人になろうと決めたのだ。

 好きだ好きだと喚く駄々っ子になるのではなく、男として愛して貰えるように。リュカではなく、自分がいいと思って貰えるように。


 荒れ狂う恋情を制御して、ユウナに男の余裕を見せたい。

 リュカのように、落ち着いた大人の男に。

 そのためには、嵐のように胸を荒すわだかまりを鎮めるのに、少し時間が必要だった――。



「っ……」


 ユウナの顔を見ようとしないサクの振る舞いが、ユウナを傷つける。そして、サクの憂いの原因はやはり自分だと認識したユウナは、その顔を悲痛さに歪め、両手でサクの頬を掴むと、また自分の正面に向けさせた。

 だがサクは鍛えられた武官だ。

 首だけでも、小娘の両手の力に負けないだけの筋力はついている。


 ググググ……。


「ぅ……っ」

「っ………」


 根比べの次は、力比べ。


 言葉で伝えればいいものを、ふたりは互いに負けまいと意地を張る。現実逃避をしたいあまり、なにか根本からそれていることに気づかない、不器用すぎるふたりである。
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