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吼える月
第31章 旅路 ~第三部 朱雀の章~
 
 

 どちらが勝利するか、最初から答えが決まっている不毛な戦いに、白旗を掲げたのは、肩で息をするユウナだった。


「はぁはぁはぁ……なによこの筋肉お化け」

「お化けとは失礼な!」


 力比べに負けたユウナの負け惜しみに、思わずサクが反応する。

 そのいつも通りのやりとりに、ユウナがほっとした笑みを浮かべれば、それに気づいたサクは、強張った顔で言った。


「姫様、お休み下さい。俺……近くにいますんで」


 できるのなら、サクも自分が作っている歯痒い距離感を潰したかった。

 いつも通りに横にいて、笑い合える距離がサクも心地よかったから。

 ユウナに告白してからは、ユウナの横にいるのが嬉しくて仕方がなかった。想いをぶつけないと宣言したとはいえ、自分の気持ちはユウナ公認のもと。その上で自分に可愛く顔を赤らめるようになったユウナへの愛しさが前以上に募り、早く自分の色に染まって欲しくてたまらなかった。

 手を伸ばせば届くような、すぐ近くにる未来が、希望に輝いて思えていた。今までが真っ暗な絶望の中にいればこそ。

 だが、それでもユウナの中には、根強くリュカがいる。

 いつも無理矢理に割り切って諦めてきたものが、今は諦められないのだ。逆に反発する。リュカではなく自分を見ろと、男として力でねじ伏せたくなってしまう。

 それだけは出来ない。ユウナを怖がらせてはならないのだ。凄惨な体験をしたユウナの記憶をぶり返させてはならない。せっかくここまで回復してきたのだ。

 幼馴染みや主人というよりは、女としてのユウナを求めてしまう今、前のような関係で自分の心を落ち着かせるには、時間と距離が必要だった。

 それなのに――。

 夜の静寂の中にふたりきり。しかも手が届く距離にユウナがいる。

 シバがよかれと思って作った環境が悪影響を及ぼし、抱きしめるだけに留まらずに暴走してしまうかもしれないと怖れるサクは、ユウナを寝かせてしまう作戦に出たのだった。
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